君の名は。 – もう一回観て自分を確認したい (追記あり)

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君の名は。
監督、脚本: 新海誠 / 出演: 神木隆之介、上白石萌音、長澤まさみ、市原悦子

全編素晴らしい作品で、途中はボロボロ泣いたのに、最後はどこか肩透かし感を感じる、評するのが難しくなった作品です。鑑賞後は単純に「面白かったー」と言いたかったのに、この複雑な気持ちを分析することになりました。

ほんと素晴らしい作品です。予告編のときに感じたキャラクターの魅力はやはり輝いていました。三葉は可愛いし、瀧も可愛いw。そこらへんは声優もうまかった。糸守の自然描写も素晴らしければ、早回しの都市の風景はスピーディで魅力的。3DCG はギュイーンと動いて広い空を効果的に横切ります。

そして脚本。凝りながら凝りすぎない、その配分は絶妙です。電車の中での最初のシーンとその後の髪のシーンは泣きますし…。今思えば、田舎の描写やお互いの日記のシーンの曜日は相当に気を遣っていたのでしょう(もちろん観ているときは気づきませんでしたが)。そしてクライマックスの出会いのシーン。ホントに泣けました。

ただその後の展開が、うーん、なんだろう。これはこれで必然のエンディングだけど、何か欲求不満。何故、感動できないのか? こんなに素晴らしい作品なのに…。

で、いろいろ考えて思ったのは「絶対見つけてやる」で見つけて欲しかったんだろうな、ということだろうなぁ、と。消えた時間線の過去が消えてしまうのはSFのお約束として仕方ないのは分かるのですが、名前か紐だけは覚えておいてほしかったなぁ、と。この違和感が、偶然の出会いでの再開を手放しで喜べない原因だろう、と。

監督の意図としては途中で二人とも能動的に見つける方向で運命を変えたわけだから、あとの再開は必然なんだ、でしょうね。うーん、それもわかるんだけどなぁ。ないものねだりかなぁ…。

で、他人の意見も知りたくて読んだのがこちらと、そのコメント

「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む 内の
「中国オタク「『君の名は。』を見たら憂鬱になった」日本のオタクが『耳をすませば』で鬱になるというネタを少し理解できた気がする」」

いつものようにネタバレを嫌って観る前は解説記事や感想を1本も読んでいないので、どのような議論がなされているのか知りませんでした。が、このブログは愛読者で、偶然タイトルだけは目にしてしまい慌てて閉じていたものでした。

憂鬱になる人がいるんだ! と思って真っ先に読んだのですが、自分自身の青春と重ねて憂鬱になったって人が意外と多いのですね…。「創作の中の、他の人間の美しい人生を見て鬱になってもしょうがない」と思わないとやってられないよねぇ…と頭で分かっていても現役高校生、大学生、20代くらいだと厳しそう。

で、数少ない私のもやもや感に近かったのが「三葉と瀧が記憶を失ったままというのに納得がいかなかったんだ」でした。あと「耳をすませば」の破壊力は試したい。

と、観終わって半日過ぎて、ここまで文章をこねくり回しても、頭の一部は「君の名は。」世界にいます。面白かったなぁ。世界に浸りたくてもう1回観たいわ。観れば、もう少し緩く素直に感動できるかも。

ところで予告で観た「美女と野獣」は素晴らしい仕上がりです。ドラマ感が完璧で大期待。逆に予告で損していると思うのがミュージカルを薄めて宣伝している「ラ・ラ・ランド」と「シング」。「モアナと伝説の海」程度に歌を前面に出せば、もっと魅力的と思うのですが…。

追記

その後に本作も含めて新海誠作品をまとめて観る機会がありました。

エミレーツ航空に乗ったら、新海誠のファンになった

まとめて観て気づいたのは「君の名は。」がこれまでの作品で培ったノウハウの集大成であったことと、私がどれだけ新海誠作品を好きになったかということ。いやはや今はすっかりファンですよ。

まず「君の名は。」の2回目を観て、最初に抱いた後半の「違和感」が、相手を忘れてしまう瀧と三葉が許せなかったためだ、と認識しました。上の感想でもそれらしいことは書かれていますが、この忘れるシーンでの喪失感、違和感を今回改めて感じて、ここが不満の原因だったのだなぁ、と。なぜあれだけの出会いがありながら、なぜ名前がこぼれ落ちるんだよ…、と。悔しいような歯がゆいような。これは今でも何かこうモヤモヤ感が残りますが。再会は約束されていたのかもしれませんが、それにしてもなぁ。

発見は再開シーンでの三葉の、笑いながらの涙。きれいだし、素晴らしい表情をさせるよなぁ、と。ここは改めて感動しました。

続けて「秒速5センチメートル」「星を追う子ども」「言の葉の庭」と観て、打ちのめされます。なんで「君の名は。」の前に観てなかったんだろう、悔しい。

驚いたのは「言の葉の庭」での都会や電車の描写。質感やリアルさは「君の名は。」を超えていました。ただあちらは中編、こちらは長編という違いから、画面への詰め込み度や、制作スタイルが異なるため、どちらに優劣というわけではないので念のため。

あとバイト先の奥寺先輩が、夜、旅館でタバコを吸うシーン。ただぼんやり眺めていたわけですが、あれは自分の視線に気付かず三葉を見ている瀧への、喪失感だったんだなぁ、と。「秒速5センチメートル」で、明里しか見えていない貴樹を見る花苗と同じか、と。そして終盤、結婚指輪をして瀧と会うシーンも、通り過ぎる電車を見つめる貴樹と同じように伝えたかったのではないかと。まだ間に合う、と。なんかもう、情けなくなりますね、私は映画の何処を見ていたのか?

ちなみに「言の葉の庭」のユキノが古典の先生で出ていることは後日、知りました。

あー、もう一回観なければ…。

 

atachibana

立花明 - 東京都在住、IT系企業勤務。 WordPress Document Team メンバー。 連絡先はこちら

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