おすすめ文庫王国 2023 / 本の雑誌社 / 800円+税
表紙イラスト: 浅生ハルミン / 表紙デザイン: 若井はるか
本の雑誌 2022年10月号の特集「「あなたの知らない索引の世界」の読者コーナーに「おすすめ文庫王国」に索引を付けてくれ!というのがありましたがまったくそのとおり。一つずつメモしておかないとすぐに忘れてしまいます。なので、メモ代わりにガシガシ残していきます。
本の雑誌が選ぶ文庫ベストテン
1位はミステリーと文芸の融合、タナ・フレンチ『捜索者』。嗜好の違う杉江と松村がオススメするのだから良さげだし、ジャンル別で3位にした関口苑生の解説も良かった。
2位、西村賢太『疒の歌』はたとえ女性を殴らないとしてもいいかな。罵倒された『苦役列車』の山下敦弘監督の解説というのはちょっと興味あるけど。
3位は藤本和子『イリノイ遠景近景』。作者の「うつしこむ姿がすごい」ってのは味わいたい。
あとは10位のSF、デイヴ・ハッチンソン『ヨーロッパ・イン・オータム』。大森望も5位。まったくノーチェックだし、竹書房文庫とは言え書影を見た記憶もない。ちなみに同じ竹書房文庫のサラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』も池澤春菜と橋本輝幸がベスト3に挙げ、大森望も挙げているが記憶にない。感性が低い。
私の文庫ベスト3
鹿島茂『神田神保町書肆街考』は杉江と紀田順一郎が挙げていて、ふーんくらいだったけど、副題が「世界遺産的”本の街”の誕生から現在まで」と知って少し興味。でもあれで世界遺産級なのか。価値は頭で分かっていても田舎にいたときの巨大な図書館様の勝手な妄想からすると、随分肩透かしの地味さなんだけどな…。
徳永圭子が挙げた中井久夫『私の日本語雑記』は、古代語も含む多彩な言語論で、「「本の雑誌」読者の皆さんにとっても全章驚きと喜びの連続」らしい。なんてそそる推薦文なんだ。続いて、山崎佳代子『そこから青い闇がささやき ベオグラード、戦争と言葉』。珍しく行ったことがある外国なので興味。NATOが空爆したビルとか残っているんですよね。
クラフト・エヴィング商會の推薦文はすべてくいい、『本を書く』『サラゴサ手稿 (上)』『文と本と旅と』。特に風間賢二も推す『サラゴサ手稿』は何なんだろう。岩波文庫だから構えてしまうのだが。
山崎まどかもいい。林芙美子『愉快なる地図』。1930年代にモスクワからパリの三等車一人旅での人の優しさなんて泣きますわ。他に、『絵画の政治学』『ダーク・ヴァネッサ』も。
北村浩子は村田喜代子『屋根屋』。妄想の不倫…で、極上のラブストーリーとな。うわぁ。オルハン・パムク『無垢の博物館』は婚約者がいながら遠縁の美少女に何十年も執着するダメ男小説 by ノーベル文学賞作家。うわぁ。
柳下毅一郎は、『新版 魔女狩りの社会史』『ファニーフィンガーズ』『ユーモア・スケッチ傑作選』。魔女の通説を覆し、ラファティを喧伝して、偽ハヤカワ・ミステリ。なんて素敵な紹介。
木村衣有子は中川右介『国家と音楽家』。”国境を超えない”例外、「第九」の時代性。ヒトラーの誕生日祝いとベルリンの壁崩壊が一緒の曲か…。
今柊二の紹介する今和次郎『ジャンパーを着て四十年』の刊行は1967年と聞いてびっくり。てっきり大正時代にジャンパーを着ている話かと思ったのに。慌てて調べると、今和次郎は1888年生まれ、1973年没。『帝都物語』(それもいとうせいこうが演じた映画版)の印象が強すぎたわ。
複数の人が挙げていて興味なかったのは『正岡子規ベースボール文集』とベストテン7位にも入っている『1989年のテレビっ子』。ポール・ベンジャミン(オースター)『スクイズ・プレイ』
読者アンケート
『野呂邦暢 古本屋写真集』は1976年前後の古本屋の光景に何を思うか、ちょっと見てみたい。
『あの本は読まれているか』は新刊の紹介でも気になった、CIAが『ドクトル・ジバゴ』をソ連国民に読ませる話。『ベストSF 2022』の伴名練「百年文通」は良さげだなぁ。ここまで話を紹介されてもドキドキしそうだ。
ジャンル別ベストテン
現代文学の永江朗は今ひとつ。現実が小説を上回ったか。
恋愛小説の吉田信子は1位が、浜田も挙げた三浦しをん『愛なき世界』。愛のない世界を生きる植物の研究にすべてを捧げた本村と、洋食屋で働く藤丸の恋愛。この設定で1位なんだから相当面白いよね。千早茜『神様の暇つぶし』みたいな無理ゲーの年の離れた恋愛は、妄想の膨らむ小説世界ならありかなぁ。それより、きゅんきゅんする鯨井あめ『晴れ、時々くらげを呼ぶ』のがいいや。杉江も推す金原ひとみ『アタラクシアン』はどうかな、別格なのはわかるけど。あと百合物はSFに限らず多いのね。『生のみ生のままで』、これも浜田が挙げていた『弱法師』、永江朗も挙げていた『ポラリスが降り注ぐ夜』。
SF大森望の1位は池澤春菜も挙げる『スノウ・クラッシュ』。うん、これは傑作でしたね。次は伴名練『なめらかな世界と、その滴』。文庫は期待ほどは売れなかったらしい。買う。『新しい世界を生きるための14のSF』のセレクトも解説も良かったし。斜線堂有紀は3冊に登場。
時代小説は青木逸美。興味ないジャンルだからなと思ってたら、将軍吉宗の時代、江戸の人口は百万人を超え、多種多少な職業がありました、で始まる導入が素晴らしく一気に中へ。『きたきた捕物帖』『とむらい屋颯太』『えにし屋春秋』等々、カタルシスが炸裂しそうな話ばかりでクラクラします。なんて豊潤なんだ。青木逸美はすごいな。
藤田香織のエンターテインメントは今ひとつ刺さらない。
国内ミステリーは宇田川拓也。1位の『まほり』の紹介がうまい、「圧巻のディテールと独特の手触りと味わい」。ぜひ感じてみたい。3位の神保町を守る『定価のない本』、6位の『獄門島』の本歌取り『潮首岬に郭公の鳴く』も良さげ。
海外ミステリーは関口苑生。じっくりと丁寧な捜査プロセスが描かれる『キュレーターの殺人』が1位。5位は原作本『気狂いピエロ』、7位はみんな大好き過去と現在の並行物『魔王の島』。
雑学は内田剛。タイトルで何となく読んだ気になってしまうものが多いけど、そんな中では『昭和平成令和定食紀行』。紹介だけで「キッチンオトボケ」に行きたくなった。
東えりかのノンフィクションは…すごい、全部が面白そう。1位『モンテレッジォ』こそ「本屋のプライトと使命感」だけど、2位『そして陰謀が教授を潰した』、4位『牙』、6位『その名を暴け』の事件性、3位『ノモレ』のドラマとか社会とか人間とか考えられそう。そして一番驚いたのが『聖なるズー』。動物性愛者って実在するのか!? 確かに「人の心や愛も謎だらけ」だが、それにしても…。
ライトノベルはタニグチリウイチ。これまたいつも領域が広く魅力的な作品が揃うジャンルですが、1位は『スパイ教室』。最近の展開が辛そうだなぁ。10位の『リコリス・リコイル Ordinary days』みたいな大甘なんがいいです。
おすすめアンソロジー
エンターテインメントは久田かおり。『YUMING TRIBUTE STORIES』はどうかなぁ…。読みたいような、読みたくないような。大好きな「昔の彼に逢うのなら」とか、あってもなくても嫌だ。伊坂幸太郎が選者の『小説の惑星』が無難かな。
SFは香月祥宏。編者で並べて大森望、伴名練、中村融、ハーラン・エリスン。もうこの名前で十分ですな。
時代小説は三田主水。妖怪、猫、決戦!、大河ドラマ。入門者向けか。
コラム等
とり・みきのSF大将は「ヨーロッパ・イン・オータム」。前述どおり元ネタがわからないのだが、拡大した境界線に住んでいるアイデアが素晴らしい。
文庫各社Bリーグ。毎年思うが売れている文庫って知らない。原田ひ香ってそんなに売れてるんだ、原田マハじゃないの? タイトルを初めて知った『三千円の使いかた』。
山本貴光は「学術系文庫の一年」。膨大なデータを丁寧にまとめた論文のようなコラム。『大地の五億年』に、裏返せば41億年土はなかったのだと驚かせてくれます。『独裁者のデザイン』が面白そう。
創元推理文庫・SF文庫が天アンカットをやめた理由にへぇ…と。電子書籍のためらしく、それはハヤカワ文庫のトールサイズも同じらしい。ギリギリまで印刷すればいいのに…と思うのは素人なんだろうな。しかし、東京創元社営業部Yさんと製作部製作課Yさんがいて読解力が求められる…。
書物蔵の消えた文庫レーベル。私が文庫好きなのはたまたま80年代後半に文庫ブームがあったからなのか。サンリオSF文庫が消え、ちくま日本文学全集が始まり、雑誌「オーパス」があり(読んでた!)。
文庫各社の新刊予告。
岩波文庫は去年と同じ文章なのに、「、」の調整をやめて後半、段組みが違う。
角川ソフィア文庫は山本貴光も挙げた『日本古典風俗辞典』『はじめての王朝文化辞典』とかいいね。
「ハルキ文庫 時代小説文庫」はこれで一つの文庫名。紛らわしい…。