小説すばる 2018年10月号 – はじめての小説誌を面白く読みました。

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小説すばる 2018年10月号 / 集英社 / 920円(税込)
表紙イラスト ヨシタケシンスケ / 表紙 AD albireo

生まれて初めて小説誌を購入しました。漫画雑誌と同様、苦手なジャンルや作家に幅広く触れられることができ、新しい発見が多数ありました。普段は翻訳モノがメインのため、日本語の文体の違いや、単行本では分からない連載途中の回での引き寄せ方や、短い文量でのドラマの展開なども新鮮でした。ちなみに出てくる作家はほぼ全員が初めてで、わずかに「本の雑誌」関連の書評家を何人か知る程度です。

しかし、毎月この分量を読むのは厳しいですね。寝る前に少しずつ読んだせいもあり2ヶ月かかったのかな。貧乏性で全部読まないと気がすまない人間にはつらいです。

SF大特集

小川 哲「地図と拳」。日清戦争後の満州。参謀本部から特別任務を命じられた高木と細川、義和団から逃げるクラスニコフ神父。全ページに渡って流れる緊迫した時代の空気に圧倒されました。ここからどう「SF」になっていくのか大いに期待です。単純な「歴史改変モノ」では収まらなさそうですね。
で、もう少し派手な展開を最初から見せるのが佐々木譲「抵抗都市」。こちらは物凄い資料の読み込みを伺わせる背景の中で、ロシアの影響の強い明治日本を車夫や警察らのドラマで畳み掛けてきます。下っ端の人間通しがすぐに通じたりするシーンは好物なんですよ。…って、それは全員か。

表紙に大きな活字で謳われるだけあって、二人共無茶苦茶うまいわ。

大森 望「新世代がつくるSFの現在」は、素晴らしい紹介記事。「初期メンはわかるけど、いまのメンバーはよく知らない」というモーニング娘。的状況を華麗に整理してくれます。これですよ、これ! 個々の作家は知っていても有機的に繋がらず、また網羅もされていなかったので本当に助かりました。あと「手前ミソ」的な言い方をしていますが、SF 冬の時代を夏の時代に変えた中心人物が大森望であることは誰もが知るところなので、せめて編集部は大書すべきと思います。

高橋文樹「pとqには気をつけて」は数式を下敷きにしてBL味を振りまいた作品。数式を視覚化し、BLをBLとして成り立たせた文章と、台本通りに役者が本心を隠して演じているかのインタビューが面白い。饒舌な語りも独特で、遥か上空に神の視点を持った演出家 = 作者を見ます。
独特の文体では、草野原々「【自己紹介】はじめまして、バーチャルCTuber 真銀アヤです。」も面白い。超絶可愛いH2SO4のイラストで安易な展開を予想したらハードに心や意識を扱っていてまず驚き、繰り返される「あなた」や近辺の語りの柔らかさにまた驚き。ストーリーをどう語っていくのか長編を試してみたいです。

石川宗生「素晴らしき第28世界 代理戦争」は楽しい描写も多いものの、メインアイデアが期待した以上に広がりませんでした。吉田エン「ヴェスタの半神」も同じ。導入こそ期待しましたが、後半は既読感のある展開やアイデアのため、渡辺の叫びが叫びとなりませんでした。
逆に樋口恭介「輪ゴム飛ばし師」はタイトルどおりの間抜けな話しをラップ調の圧倒的リズム感で宇宙までもっていきます。凄い力技。素晴らしい。

筒城灯士郎「ベイビートーク」は笑えませんでした。イラストの三山真寛のポップ感は良かったです。八杉将司「友達のタイムパラドックス」は、終始ピントが合わず、合えられず。

連載作品

米澤穂信「昔話を聞かせておくれよ」後編 – 本の雑誌 10月号の「今月の10冊」での紹介もあって期待したのですが、二人のやり取りに何ら共感できないまま終わってしまいました。残念。

北方謙三「チンギス紀」第18回 連載もだいぶ進んでいるし、場面場面も短く動きが多いいのに一々うまい。ボロクルのエピソードとかほんの数ページでこれまでの生き方までも浮かび上がらせます。

夢枕 獏「明治大帝の密使」第92回 昔から獏さんは合わせたいのですが合わず。そして今回も合わず。

村山由佳「風よ あらしよ」第4回 伊藤ノエの教師、辻潤の内面や心の動きを丁寧に描くことでノエの好意にも説得力が出ました。福太郎の悲しいほどの「いい人間ぶり」も今後の展開を想像すると哀れな結末しか浮かばない。しかし美味しいところで次号へ続くな、おいw

安部龍太郎「十三の海鳴り」第7回 物語中盤の繋ぎと濡れ場お楽しみの回。淡々と進みます。

朝井まかて「類」第6回 タイトルは森鴎外の末子の名前から。背景に二・二六事件が出てきたりして、これから突入する戦争の中で家族ドラマを描くのだろうと予想できるものの、今回は繋ぐだけ。

黒川博行「ゆいまーる」第23回 こちらも淡々と会話主体で進みます。新垣と上坂の魅力をこの回だけでは感じられず。

麻耶雄嵩「貴族探偵対怪盗マダム」第5回 人物像を把握しないまま推理合戦に突入し、面白みを感じられませんでした。通して読むと違うのかもしれません。

楡周平「終の盟約」第6回 夫婦の会話も友人との会話もリアルですが想定の範囲内。調査資料も取って出し感が強いので、もう少し調理して欲しい。

冲方丁「アクティベイター」第7回 かっこいい! 真丈と楊のやり取り、追う鶴来ら警察の動きなどがぱーっと面前で繰り広げられます。何なんだろうなぁ、これは。杉江翼のイラストもいい。

千早茜「朔の香り」第4回 美しく香り立つ小説。調香師 朔の造形が素晴らしいし、二人の会話をずっと読んでたいと思いました。

西條奈加「心淋し川」閨仏 第2回 おたふく顔の妾が4人で同居する「六兵衛長屋」の年長者りくの話し。ストーリーはオリジナルだし、文体は美しいし、郷介とのやり取りは澄んでいてと、惚れ惚れします。

中山七里「隣はシリアルキラー」第6回 前回までのあらすじは猟奇なのに、今回は展開が地味。徐の得体のしれなさも伝わってきません。

下村敦史「故人ブログ」第7回 葬儀屋、ブログの更新、身内の駆け引きと急な展開で盛り上がります。謎の真相も含め続きが気になります。

額賀澪「できない男」第4回 お仕事小説のデザイナー編。ウエブ屋の飲み会での会話を聞いているようで新味を感じられません。

丸山正樹「ウェルカム・ホーム パニック・イン・三○五」最終回 お仕事小説の介護編。これまで介護のあれこれを紹介してきて、最後に入院者側の視点で自分たちを振り返らせる趣向なんでしょうが、康介の気づき、鈴子先輩の過去等どれも浅いと思いました。

増田こうすけ「ギリシャ神話劇場 神々と人々の日々」初めて知った漫画家。フツーに面白いし、最後もやられた。

ヨシタケシンスケ「めずらしいお仕事図鑑」。好きなテイストです。「宗教的にダメみたい」には笑いました。小説誌としてはありなのかな、このテイストのカバー、とは思いました。

コラム

堂場瞬一: ページを埋めるのに苦労している感じ。太平燕が激しく期待はずれだったせいでしょうか。

飯田一史: ティーン向け流行りの小説を「「重い」と「エモい」の境ギリギリの青春恋愛小説」と紹介。さもありなん。うまい。

宇田智子: 那覇の古本屋における送料を巡るお悩みの話しなのですが、彼女のエッセイはいつも「生活、大丈夫かなぁ」と心配で、落ち着いて読めません。

大貫亜美: パフィーの中の人の日常と思い。ふーんと読んだ。

野中ともそ: NYの洗濯屋の話し。ふーんと読んだ。

今祥枝: TVドラマ「ジ・アメリカンズ」の紹介。導入の「’70年生まれの私にとって、エンタメにおける悪役は常にロシア(旧ソ連)だった。」に深く激しく頷きました。でもロシアは要らないでしょ、そこ。ソ連! ソビエト社会主義共和国連邦!! 途中までの重々しい漢字の並びと、最後に尻つぼみの、不安定なまま空気に消える「ぽー」の怪しさこそが、禍々しい敵役! 数々の冒険小説が浮かびますな。

荻原魚雷: 吉行淳之介の自伝の紹介。ふーんと読んだ。どうしたら「第三の新人」にはまるのか、そちらのきっかけを知りたい。

北大路公子: お伊勢参りの話。ふーんと読んだけど、イラストの「「ウェイウェイ」と言ってそうな人たち」がいいです。

橋本幸士: ディスポーザーとロボット掃除機。ふーんと読んだ。

八島游舷 : ダン・ブラウンの良さを語りますが響きませんでした。

花房観音: ラブホテルで食べる豚汁の話し。短いエッセイ中に詰め込まれた情報と背景を面白く読みました。食欲を満たしてからのセックスが怠惰でリアルです。

大前夏生: アクセサリーが好きで、本に付箋を貼り、緊張対策で手に「V6」と書く。いい言葉が見つからないけど、なんかおかしいです。

堂薗稚子: 一人で寿司屋に行けない話し。ふーんと読んだ。

書評

平松洋子: 「そばですよ」での、そばの特徴や、店主の個性の描き方もうまいけど書評もうまいなぁ…。自分が存在を気づいたときの母親は既に確立した人間。そんな母のみなもとへの旅を連作短編で描くのが神田茜『母のあしおと』。水彩絵のたとえも美しいです。

吉田伸子:  25歳、30歳、35歳の男性とそれぞれの背景と人間性探しの物語。本のテーマに興味がないため、紹介も響かないですね… 白岩玄『たてがみを捨てたライオンたち』。

栗原裕一郎: ドイツの都市伝説を考証した篠田航一『ヒトラーとUFO』。内容の広さと深さがキチンと伝わる書評で良い。

トミヤマユキコ: e・o・ブラウエン『おとうさんとぼく』素朴すぎて感動できない気がします。

吉田大助: 岩井圭也『永遠についての証明』。北上次郎も絶賛していた作品で、あちらより内容に踏み込んだ分、面白さの枠も広がって感じられます。しかしこの表紙の人物は要らないよなぁ、作者?

大矢博子: 新宿中村屋の創業者、相馬黒光(りょう)と、同時代の人物を描く葉室麟『蝶のゆくへ』。女性たちの迷いと足掻きが描かれた内容に、亡くなった葉室麟の作風を絡めます。

石井千湖: 高山羽根子『オブジェクタム』。どんなジャンルにもおさまりきらない規格外の話しらしいのですが、さほど魅力を感じられませんでした。

千街晶之: デニス・ルヘイン『あなたを愛してから』。今風の謎解き小説で、以上も以下もない感じ。

三浦天紗子: 本谷有希子の『静かに、ねぇ、静かに』は書評だけ読んで気持ち悪さが伝わりました。わー、となった。

 

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