本の雑誌 2023年1月号 (No.475) / 本の雑誌社 / 800円 + 税
表紙デザイン クラフト・エヴィング商會 [吉田博美・吉田篤弘] / 表紙イラスト 沢野ひとし
今月の本棚は三鷹の書店UNITE。店主は2022年4月号の大森皓太。自宅内ブックカフェをかっこいいなぁと思っていましたが、まさかリアルに店舗を構えるとは思い切ったものです。もちろん成功して欲しいのですが色々心配してしまいますね…。
そして書物蔵。「おすすめ文庫王国」の「消えた文庫レーベル」の執筆者。「本の本」を多数所持する元図書館員とか。「本」が大好きなんだろうな。
特集「本の雑誌が選ぶ202年度ベスト10」
1位は奥田英朗『リバー』。小説を読む楽しみに満ちてそう。そしてあれだけ推していた早見和真『八月の母』は8位。北上次郎が意地でエンターテインメント1位。明かせないドラマがきつそうだけど彼的にはいいのだろうか。
鏡明SFの1位は長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』。大森望も絶賛していて非常に良さそう。2位の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は読んだら絶対面白いんだろうけど、だからもういいかなと。それよりは鏡明の釈然としない部分をクリアにしてくれる3位『法治の獣』、そして9位『ヨーロッパ・イン・オータム』、10位『地図と拳』に注目。
池上冬樹ミステリーの1位はポール・ベンジャミン(オースター)『スクイズ・プレー』。「おすすめ文庫王国」でも評価が高い作品だけど、なぜか興味がわきません。逆に興味あるのは『魔王の島』。どこに向かうのかまったくわからないっていいな。タイムスリップはもういいかな、の『道』。
縄田一男の時代小説は『広重ぶるう』が印象に残りました。
佐久間文子の現代文学では、どの解説を読んでもピンと来ないので逆に気になる『異常』と、戦争を扱った『木々、坂に立つ』『水平線』が良さげ。
栗下直也のノンフィクションは1位が『統合失調症の一族』。信頼できる人々の中で話題なのでよほどいいのでしょう。その他のベスト9までの事件系は、どれも超絶面白そうなのにまったく話題にならないのはやはり見えない圧力か。ちなみに栗下直也は会社員だったらしい。なのによくこれだけの量を読書できてたな、尊敬。
北上次郎のエンターテインメントは3位『素数とバレーボール』、4位の百合小説『恋澤姉妹』かな。繰り返される『宙ごはん』『汝、星のごとく』は少しずつ興味が出てきた。
私のベスト3
北村薫の挙げた『漱石の白百合、三島の松 近代文学植物誌』を読む気はないけど、文庫化に対する編集部村松真澄の仕事の絶賛ぶりはいいね。
高野秀行によれば、モンゴルは高度経済成長と格差により社会が激変しているらしい。『憑依と抵抗 現代モンゴルにおける宗教とナショナリズム』。
岸本佐知子は3冊ともいい。新たな日本語の可能性に目を開かれた『優しい地獄』、校正者の描く『文にあたる』、山本文緒の最後を描く『無人島のふたり』。
末井昭は高橋源一郎『ぼくらの戦争なんだぜ』。太宰治は検閲をくぐり抜けて戦争を茶化したとか。
正木香子の1位は『初めて書籍を作った男 アルド・マヌーツィオの生涯』。「目次」「ページ番号」「句読点」を「作った」らしい。すべての文化は誰かの発明からなるのだな、と改めて。
紀田順一郎は『サラゴサ手稿』。これも「おすすめ文庫王国」で気になった作品。2位の『書物に魅せられた奇人たち』も良さげだ。
柳下毅一郎のベストからは『切り裂きジャックに殺されたのは誰か』。「間違いなく切り裂きジャックに殺されたと考えられている五人の犠牲者」「The Canonical Five」の話。この定義だけでドキドキします。
書店員2氏が凪良ゆう『汝、星のごとく』。本屋大賞の有力候補だ。
高山羽根子は『とうもろこし倉の幽霊』。「おすすめ文庫王国」での柳下毅一郎の紹介も良かったけど、彼女の「一生のうち一本でも書けたらなあ」というコメントも強い。
田中香織は『仕事でも、仕事じゃなくても、漫画とよしながふみ』に対して聞き手を絶賛。最近はWebでも良いインタビュー記事が多いですね。『切手デザイナーの仕事』もちょっと面白そう。
佐々木敦が紹介する『新本格ミステリはどのようにして生まれてきたのか? 編集者宇山日出臣追悼文集』で仕掛け人的な人がいたことを知りました。
フリート横田は『昭和の参謀』に対する「よくぞ軍中枢にいた人への取材が間に合ったな」にルポライターならではの実感がこもっています。
白石朗は『メキシカン・ゴシック』。彼が紹介すると一段と面白そう。萩尾望都の『百億の昼と千億の夜 完全版』も同じ。高橋幸宏ファンだというのは意外な面でした。なお三角窓口の『シン・YMO』へのコメントによると浜本は細野ファンらしい。更に話は飛ぶが先日の坂本龍一のライブはやっぱり色々考えましたね…。
1ページに収まった橋本輝幸と小森収の全部がいい。『血を分けた子ども』『リリアント燃える双子の終わらない夏』『プロジェクト・ヘイル・メアリ』、『サスペンス小説の書き方 パトリシア・ハイスミスの創作講座』『気狂いピエロ』『ヨーロッパ・イン・オータム』。特に小森収の読みどころが、あらすじやタイトルからぼんやり私が考えて興味を持っていたことを尽く裏切っていて良かったです。
久世番子の紹介する『まじめな会社員』のラストはかなり興味あり。ハードボイルドなのか。
春日武彦のでは、『いずれすべては海の中に』。
黒田信一の3冊は重いテーマを読ませる作品。香港民主化運動の武闘派ルポ『香港秘密行動』、スケルトン探偵のリアル版『骨は知っている』、最前線で女性兵士を躊躇なく投入する世界を描く『女性兵士という難問』。
新刊めったくたガイド
松井ゆかりの推す『金環日蝕』が途中まで面白そうなのに「想像を絶する苦しみ」とかいわれるとなぁ…。
すずきたけしのノンフィクションはどれも良さげ。風間賢二も挙げた『ホラーの哲学』は1990年出版の翻訳。最近の作品を知らないので逆にありがたい。何の興味もない当たり前の存在にも歴史や技術や意味があるのだなと思わせる『海と灯台学』。異文化交流の最先端『港町巡礼』。
コラム
岡崎武志は『サンデー毎日』の連載が途絶え古本屋を目指す話し。ライターがライターたる時代はもう来ないのかね…。80年代、90年代は社会に金があったんだなと思います。
「おすすめ文庫王国」の表紙を描く浅生ハルミンは、東京こけしの会。何なんだ。しかもこれが続くらしい。まじか。
古本屋台は平松洋子『そばですよ』。ほんと、この連載を読むと立ち食い蕎麦を食べたくなります、うどん派なのに。で、連載は3号続けて芭蕉そば。
♪akiraは『ミセス・ハリス パリへ行く』と映画「ドリーム・ホース」。クリスチャン・ディオールを目指すハリスおばさんは、小説と映画でエンディングが異なり、どっちもいいとか。これは読みたいし、観たい。そして村で競走馬を育成するという映画も良さそう。
黒い昼食会の推しビジネス。投票券付きの雑誌なんてないわぁ…と最初は条件反射的に思ったものの、じゃぁ表紙に人気の漫画キャラが出て買い占められるのはいいのか、グラビアアイドルは駄目なのかとか考えていくと難しい。
椎名誠は相変わらず冴えている。
大槻ケンヂは松村雄策に言及。小林信彦がビートルズ論争時、「本の雑誌」も舞台にしたことを知っているのだろうか? 私は該当号だけ読んで小林信彦圧勝じゃん、と思ったのだけど、同時期に「ロッキング・オン」を読んでいた友人は松村雄策圧勝じゃんと思ったらしい。
川口則弘は虎の威を借る狐には厳しい。「朝のガスパール」は途中まで読んでてたけど、外側の議論を完全に理解できないのが悔しくて途中で止めました。Wikipediaを読むと筒井康隆の型破りぶりにただ驚きます。
V林田が紹介するのは『プロ野球と鉄道』。紹介される当事者のインタビューって本当に面白い。V林田は野球にも詳しいのだな、何者なんだ。
鏡明は隙間の多い本棚の1店として学芸大のサニーボーイブックスを紹介。一度行ったときは何していいかわからない空間でそそくさと出た記憶。もう一回行ってみるか..。
風野春樹は「人類の”兄弟”の意外な事実」として『ネアンデルタール』。何が定説なのか今やはっきりしませんが、ホモ・サピエンスの兄弟であり、人類の遺伝子の2~5%はネアンデルタール人由来らしく、何度も交配していたとか。
沢野ひとしが紹介する葫蘆島。満州引き上げの際の出発港らしい。知らない歴史でした。