Sci-Fire 2022

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Sci-Fire 2022 特集インフレーション/陰謀論 1600円
責任編集者: 甘木零
表紙絵: 仁科星 / レイアウト: 太田知也

【インタビュー】「SF×インフレーション×陰謀論  樋口恭介、陰謀論を解体する」(聞き手:櫻木みわ)

「インフレも陰謀論も現実がつまらないから生まれた」説はありですね。大槻ケンヂが『にっぽん宇宙人白書』で紹介していた「今いる日常から、せめて幻想の分だけでも抜け出したい」から宇宙人に会ったと言ってしまうのと同じ動機。ただインターネットが精度を上げすぎたものだから、本来届くべきでない人にまで届いてしまい、おかしな話になってしまった、と。
「フィクションの効用」も面白い。曰く、現実は現実でないし、虚構の裏側にたった1つの現実があるわけでもない。SF読者はこうした考え方を自然に養っていて、だから陰謀論に引っかからない。最初は安いアイデアに思いましたが、意外とありかもと思うようになりました。

【創作:インフレーション編】

高丘哲次 「小さな黄色い石」

少年は河原で遊んでいるときに小さな黄色い石を見つけた。そばで見ていた男の子の交換の誘いにも応じない。青年になっても、老年になっても誘いには応じなかった。

中国の昔話を思わせる寓話。誰もが本当に大切なものにすぐに気づけるわけでも、手に入れられるわけでも、一生大事にできるわけでもない。ただ無為に欲望を募らせ、憧れ続けるだけなんだよなと、最後のシーンに思いました。

谷田貝和男「パーソナル・スペース」

おれは実験「宇宙をあなたにあげます」に参加する。高次元に宇宙を作成し、脳内の量子状態をテレポートすることで「魂」を送り込む。

懐かしい四畳半SFかと思っていたら実験小説に突入し、無茶苦茶面白くなりました。無味乾燥な科学解説で終わるところを、並行して下世話な小市民宇宙を描写。上段ラストの「永遠の真理を」で期待して下段に向かい、最後のありがちな収束を期待したら、するっと肩透かししてくれました。上手い!!
谷田貝は、章冒頭のインフレーション宣言の「圧倒的な恍惚と、一抹の不安。」も良かった。

名倉編「ひものがたり」

わたしは部下の清本くんから薦められたブラウザゲーム「Cookie Clicker」にはまり、『構造と力』を読む。

少し前に流行った実在のインフレゲームをベースに、すべてを数値化し人生を考え始めてからの指数関数的な膨張感がとてもいい。しかも抜けて新しい物語にきっちりつなげます。

鵜川龍史「フリー素材ヨコシマ」

横島正は誰からも認識されない顔貌をしていることから、顔貌願望研究会に誘われる。解析ソフトさえ対応できない横島の願を、渡良瀬のアイデアでフリー素材化することに。

「誰からも認識されない顔」からの転がし方が面白かった。フリー素材からの、不気味の谷を超えないアンドロイドとか、表情筋の本当か嘘かわからない説明とか(何となく最後への伏線になってそう)。けど、涌井さんが彼らとヨコシマ型の区別がつかない理由ははっきりしないなぁ。

中野伶理「ウロボロスの左腕」

生体義肢師の俺はミラのために左腕の義手を作る。彼女とのドライブ中、事故に遭って彼女だけが死ぬ。俺は残された義手をSM店の女主人のために作り変える。

最後まで何が起きているのか分からないが、硬い文章で描かれる義手の装飾やSMプレイの描写がえげつないまでに官能的。直接的な表現抜きでよくもここまで欲情や興奮を描けるな。
そして背景の事実が見えた先に愛、主人公の変化、死から生の渇望が一気に。凄い。ふわふわ描写の楽しい「金魚酒」の次がこれか…。

揚羽はな「宇宙を創った男」

柿添涼葉は「宇宙を創った男」ジャック天野博士をインタビューし、宇宙を創ろうという発想の起源を探る。
ここでのインフレーションは、提出できなかった漢字の書き取り。数への執着は「ひものがたり」と共通ですが、本作の主人公は真っ向勝負で解決します。

進藤尚典「てんどん」(梗概:伊藤元晴)

社長が起こした自動車事故に巻き込まれた私は、その事故で相棒を失った芸人コンビ「また後日」の身代わりとしてY・1決勝を目指す。

伊藤元晴の梗概は集団の意識を扱ったSFの純度が高いものですが、これを作者はお笑いの方に大きく曲げ、テンポとスピード感あふれる、おしゃべりの楽しい話にまとめました。死んでる、生きてるのあるあるネタを通過してからのオチは落語の人情噺のように決まりました。

十三不塔「ドゥクパ・クンレー二世の華麗なる不始末」

聖者ドゥクパ・クンレーの生まれ変わりと認定されたわたしだったが、すべてに嫌気が差して遁走する。今では不動産王ラルフ・カミングハムのために世界中の事故物件を収集している。

何もない空間のアナルプラグを引き抜く間抜けな開幕から、最後の1行までただただ面白い作品。よく分からない仏教用語やメタファーも物語を彩りました。途中の通りがかりの老人の機知に大笑いです。これはいい。

【レビュー】

升本雄大「『インフレーション/陰謀論』マンガ紹介2022」

インフレーションと陰謀論の漫画の概況と5作品の紹介。「敵のインフレ化」はよく聞きますが、チート能力や恋人のインフレ、陰謀論を描く漫画と、テンポよくまとめてくれます。連載が長期化するとネタ的にどうしてもなぁと納得。
5選の中では『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』。ほんと最後まできっちり100人描ききって欲しい。『ドラゴンボール超』はタイトルだけ知ってたけど、別の漫画家作品だったのか。

【創作:陰謀論編】

池澤春菜「There is always light behind the…」

ユージーンとヴウークは英語のクラスで海外の人とランダムにチャットをしている。しかし何故か自分の住んでいる場所に言及するとおかしな話になってしまう。

陰謀論編の先頭に置かれた時代を象徴する作品。英文と日本語の併記はスリリングな効果を狙っただけでなく、繰り返しに気づかせる別の意味もあったんですね、上手いわ。最後にもう1ページあることに気づいて読んだら、おぉ…。いろいろ凄い。

仁科星「ユマの導き」

おばあちゃんが亡くなり気力が萎えたわたしに、両親はペットとしてユマを連れてくる。わたしは「カボチャ」と名付けて可愛がる。

愛玩動物の持つ暴力的な可愛さの向こう側から霊長類に対して仕掛ける陰謀。人間の意思に関係なく、心の隙間に情動パターンを埋め込む行為は、仮に慰めや研究への誘いであっても許されるものではないですよね…。ユマはUMAと書くんだろうな。

高木ケイ「トイレから天国へ」

感染症の発生した大型クルーズ船に隔離された私は、トイレに行くと空間を自由に横断する幻覚を得る。しかもそこに他人をも巻き込んでいく。

ダイヤモンドプリンセス号とコロナ禍をベースに展開される陰謀論…、からは、想像もつかない展開。タイトルはこれしかない、というくらいにピッタリです。

稲田一声「パレイドリア」

撚子は5歳のときジャズダンススタジオの天井に「顔」を見つける。以来、大きくなっても至るところで顔は見え続け、自分と同じように顔が見える人たちがいることを知る。

どんな陰謀論が仕掛けられているのかとドキドキしながら読んでいたら…、おぉ、凄い! と声が出ました。必死に顔の正体を探る撚子が(そして間接的に読者も)陰謀論的な思考の片棒を担いでいたとは…! あと、途中の心霊写真騒ぎも別の意味で超リアルで、今日現在も起きてそう。

甘木零「しぜんかんさつ」

ヒロシが原っぱで虫取りをしていると空からボールペンが降ってくる。タクミはヒロシに命令口調で日記を書くよう薦める。

「パレイドリア」とは異なり、こちらはむぅ…?という感じで進んだ末に全体が浮かび上がります。余談ですがヒロシはおそらく私とほぼ同世代なので、時代の変化がリアルに感じられました。

榛見あきる「翼捥羊」

電気羊飼いのナツァグは、ゲレルに空港建造を止める目的でシャーマン用呪術道具専用アプリの構築を依頼される。女シャーマンとなったゲレルは、他のシャーマン達の不幸を予言していく。

映像化したら村や街の様子、シャーマンの振る舞い、法衣の曼荼羅図、電気羊等々で映えそうな作品。ゲレルの視界からナツァグがいなくなってしまう様が寂しいが、鷹がいなくなったときから決まっていたことかもしれないですね。

藍銅ツバメ「イカが光り君が綺麗で人類は滅亡する」

新月の晩、早紀は真凜と海岸に打ち上げられたホタルイカを見ている。ホタルイカは光って宇宙人に信号を送っているんだよと冗談を言う早紀に、真凜は人類滅亡を予告する。

「トワイライトゾーン」の一篇みたいな話の中に、純度が高い百合でクラクラします。二人のファンタジーな愛情と、それでも冷静な早紀のツッコミがいい。なおずっと男性作家と思っていたので『NOVA 2023年夏号』で名前を見て、えぇとなりました。

吉羽善「ちりめんじゃこがこっちを見ている」

ほかほかご飯の上にのせたちりめんじゃこと目があった気がした私が思い起こすのは都市伝説。ちりめんじゃこの中に、行方不明になった人間と同じ顔をしたものが紛れ込んでいるという。

終始意識の低い、でも超美味しそうなご飯を食べる様子が続く中に、まさかのパレイドリア。最近キャンパスで見かけない後輩なのかと煽った所での事件で笑います。思考のあっち飛びこっち飛びが自在で楽しい。

常森裕介「まちがい落とし」

人が「落ち」、1週間後に戻ってくる世界。幸生は台所の母親が落ちたことに気がつく。

人が落ちて、消えて、戻ってくる異様な世界で、実際、母親が消えたにも関わらず、幸生の見せる態度は無関心。「落ちる」「落ちない」の口論が、直接の原因ではないにせよ離婚の大きな要因だったと思わせる家族の会話もかみあいません。わずかに慎也の行動にだけは人間味を感じました。

大木芙沙子「力囲希咄」

光秀は本能寺の焼け跡で、信長の首を探すが見つからない。その前の晩、秀吉は信長からもらった茶碗から舞の歌が聞こえるのに気がつく。

時代小説に疎い私も大ネタなので楽しく読めました。信長の描写が良く、ラストの情景の美しさと希望によく合っています。「GPS」には「ん?」となりましたがきっとお師匠様が軌道上に仕掛けておいたのでしょう。

河野咲子「安らかなる彗星」

看護ロボットに囲まれた宇宙船で、私は亡くなった夫のことをコール夫人と会話している。

宇宙での死を受け入れるだけの静かな様が、ときどきロボットや点滴スタンドなど無粋なものも出てきますが、良いです。ただ右上の奥歯が欠損しているのだからクインは実在したのでしょうが、コール夫人との会話の順番が時系列的に合わず、何かの仕掛けがあるのか分からず悔しい。

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