Sci-Fire 2021 – 高木ケイ「進化し損ねた猿たち」が良かった

投稿日: カテゴリー

Sci-Fire 2021 特集アルコール 1500円
責任編集者: 甘木零
表紙絵: 仁科星 / レイアウト: 太田知也

キーワード「アルコール」。その一語で、ここまで多様にSFを仕立てた執筆陣に感心します(私は「酩酊」「消毒」以外、浮かびませんでした)。表紙はこれまでのクールなもの(それはそれで良かった)から一転、ポップで華やぎました(イラストは同じ仁科星)。
ゲンロンSF新人賞正賞メンバーを揃え、魅力あるテーマを設定し、ライバルを招聘した責任編集者 甘木零は素晴らしい仕事をしましたね。

高木ケイ、榛見あきる、今野明広、常森裕介、名倉編、櫻木みわの作品が良かった。

高木ケイ「進化し損ねた猿たち」

俘囚を連れ、高熱にうなされながらボルネオ島を彷徨う帝国陸軍の穂積は、木のうろの中に自然発生したアルコールを見つける。

濃密な熱帯世界の暑苦しく腐敗した空気感の描写がとても良い。しかも、そこから一気に過去にも未来にも広がる展開が実にSF。『ベストSF 2022』収録も当然の傑作。

天沢時生「ナキオ」

福岡の18禁エロゲー制作会社長の二見さんに誘われたナキオは、新作のゲーム開発チームに参加する。

キャバクラや博多という響きからかIT業界よりもヤクザ物、舎弟が若頭に、憧憬を超えた愛情を抱く作品として読みました。その点、Gカップのるいちゃんから二見さんへの転換はうまい。ただ、期待したサイバーパンク方面に行かなかったのは正直残念。

琴柱遥「悪魔から盗んだ女」

サタンは何十万年も知恵の実をアダムに勧めているが笑って柔らかく断られ続けるため、狙いをイブに変える。

アダムもイブも、何ならサタンもいい人感満載。特に要領は悪いが誠実な夫への、イブの柔らかな愛情が優しい。

榛見あきる「大学六年生。密造酒、泥酔オセロ、」

酒が飲みたい竹芝カスミは、寮内での密造を持ちかけられる。カスミの古い友人で、学生自治会書記長の樵葉チョコは寮へのガサ入れを開始する。

カスミとチョコの酩酊百合がいい感じ。世界と戦わないから友情物なのか、一応戦うからシスターフッドか。泥酔オセロのシーンも好きだし、ラストの愛しさもいい。酒と同じ原理で醸造蒸留されたバイオエタノールで動作するロボット泥酔人形のアイデアも笑える。

田場狩「酩酊」

酒を飲めない彼が、急性アルコール中毒のような症状で死んだ。生前、彼は数式で酔えると主張していたが。

バカミスの落ちに使ったら面白そうなネタ。だけど、ちょっと弱いか。

河野咲子「みそかごとめく」

日課として毎日、わたしたちは部屋と自身の汚れを消毒液で拭き消していく。

どんなに清めても、翌日にはまた現実の汚れが襲いかかる。同じ部屋の中で抱き合いながら、毎日毎日消し去る作業を続ける。汚いものの一切ない、二人だけの世界を目指す究極の百合と読みました。

謎のマイクロノベル「食パン小説」

「ドラえもんアンキパンメーカー」でSF小説を展開し、メーカーをも自作してしまう甘木零のアイデアと実行力よ。どの作品もいいけど、久永実木彦の「ホーキング輻射」の言葉と、「宇宙が冷めない」のセンスが良かった。

佐川恭一「職、絶ゆ」

佐川恭一なんできっとオリジナルがあって(参考 https://hametuha.com/news/article/71434/)、それがわかってれば2倍は面白いんだろうけど(『推し、燃ゆ』か?)、単体でも十分な酩酊感。全編大笑いだが、特に課長とウンコのエピソードが可笑しい。1ページきっちり独演とか、1行だけはみ出してページ数を稼ぐとかの技も見事。

今野明広「恋愛レボリューション12」

毎日曜日、明広は吉沢さんと犬のニーナと、Y字路の交差点にある吉沢さんの家から海の船だまりに向かって散歩する。船だまりからやってくる獣と、Y字路で対する吉沢さんのお母さんとシロクマ。

何が起きているのか、何を語っているのか、正確に読み取れている気がしない。それでも伝わる世界観が好きな作品。とにかく吉沢さんの頬が柔らかそうなのもいい。

久永実木彦「ガラス人間の恐怖」

目が覚めたら宇宙人のしわざで、全人類の体が透明なガラスに覆われ、臓器などの器官が丸見えのガラス人間になっていた。

阿鼻叫喚のTVスタジオの様子から町に出るまでの様子が猛烈に楽しい。逆に会心のオチが一番意外性がなく残念。私が男だからか?

吉羽善「或ルチュパカブラ」

小さい頃、私は親戚の酒屋で、年の近いはーちゃんと遊んでいた。ある晩、はーちゃんが酒の神様を見つけ、二人でお酒を飲ませる。

気持ちのいいファンタジー。酔っ払った神様の様子が楽しい。「チュパカブラ」はどんな動物か、それとも作者の空想かと検索したら、おぉ、実在(?)するんだ、と声が出た。

藍銅ツバメ「蛇酒なんて置いてかないで」

清夏は一升瓶に蛇酒を作り、麦に渡して旅に出る。後輩の由紀は、店に入り浸りの麦に説教する。

テンポの良い会話と由紀のわかりやすいキャラ、ストレートだけど嫌らしくない百合。答えのない問いを繰り返す麦の酩酊感が失った恋人への思いが重なって効果的です。清夏の物語が見えないことが魅力なんだろうけど、ちょっと読みたい。

谷田貝和男「星を飲んだ話」

大彗星が地球に近づいているとき、以前はなかった「Bar」を見つける。初老のバーテンが彗星の尾からとったという酒を出す。

「トワイライトゾーン」やフレデリック・ブラウンが浮かぶ古き良きタイプの作品。説明が丁寧すぎて意外性が減ってしまった感。

中野伶理「金魚酒」

研究室の金魚鉢の中でアルコールが出来ていた。飲んで酔うと金魚に取り込まれ、そこには行方不明の博士課程の先輩がいた。

同じく「世にも奇妙な物語」風の作品。端正な語りの中でさらっと事件が起きる読み心地のいい作品。金魚酒を飲む描写がとてもいい。先輩は幸せに暮らしていると思っています。

揚羽はな「Pity is akin to Love」

アルコールを合成できる生物ノーラが太陽系を身代金い出した要求は、銀河分子雲エネルギープラントの停止と廃棄だった。ラッキーはトニー兄貴のためにノーラとプラントに向かう。

ノーラのガス雲では分子間の距離が大きく、情報伝達が遅いために、思考のスピードが遅い設定が面白い。宇宙旅行、裏切り、異種生物との交流、人生最後の寂寥と時空を超えて盛りだくさん。分量にしては過ぎて若干単調だが、大きな話を展開する意識は買います。

進藤尚典「お酒かな」

禁酒法下。後輩の山中が連れてきた二次会の店では、キャンディーとノンアルコールビールが出てきた。

ノンアルコールビールの飲んでも飲んでも酔わない気持ち悪さを逆手に取ったような話。酒が好きなのではなく、酒に酔うことが好きなのだを押し進めるとこうなるのかも。

常森裕介「酔いどれ探偵vs泥酔した容疑者たちvsアルコール検知器」

アルコール検知器の最終試験会場で司会を務めた後の越田ロイロイと探偵が水を飲んでいると、検知器の赤目が入ってくる。

会場を埋める1万台のアルコール検知器の試験という設定もおかしいが、舞台からのBの客席の検知器への罵倒とか、♪ロイロイロイのアヤシー歌とか、越田と探偵と店主の意味不明のやり取りとかも大概楽しければ、意外なことにきっちりした解決を設けた所も素晴らしい。

遠野よあけ「しゅ」

パパの誕生日、ママは毎年浮かれている。今年はパパとママの出会いのきっかけになった<しゅ>を作ったという。

ありきたりなテーマもスタイルが良いからか一気に抵抗なく読めました。最後のセリフまでまったく無駄なくピタッと決まった感じ。

井上宮「魔法博士と弟子」

魔法博士の十一郎は、ライフワークの研究の完成と、弟子候補の吏羅の願いの両方のために、石蕗君を手に入れようとする。

十一郎のセリフも行動も楽しいドタバタSF。吏羅に今一つ魅力がなく、期待の設定を活かしきれなかった感じ。死んだ人間の魂の昇天を動力とするエレベータは『屍者の帝国』っぽくて良かったのにな。

稲田一声「掌の怨念」

ニロは叔父さんのように「ばけものくじら」に飲み込まれた村から脱出しようと試みる。バイト先のライブハウスの閉店が決まり、落ち込む冬子に薫からメッセージが届く。

冬子の不幸がリアル過ぎてまず苦しい。手荒れとか、大戸屋のバイトとか、抽選に外れたゼミとか。そして、薫のこわさ以上に、離れられない冬子に希望が持てない。最後、冬子の願いとは裏腹にニロが会うのは叔父さんなんでしょうね…。

名倉編「酒売りの少女(ディオニュソス・ガール)」

コロナで客が減ったため、わたしは外で店の売れ残った酒を売っているが売れない。寒いので酒を飲むと、グッチ裕三が5人集まって配合されたグッチ裕三ルゴ・デミーラがいた。

背景のコロナをうまく物語に取り込みながら、バカ話を成立させた力技に感動。グッチ裕三のハッチポッチステーションが効果的にSF化されていて好きだった人にはたまらない。

櫻木みわ「ジョッキー」

2015年のジャカルタ。街角に立つ少年に付いて家に入ると乳白色の飲み物を渡される。

インドネシアで始まり、インドネシアで終わる特集「アルコール」の最後にふさわしい、最初から最後まで本誌を読み通したものだけに与えられるボーナス特典のような作品。だけでなく、普通に面白いし、読み心地が良い。

高丘哲次「実録ゴッドガンレディオ VS. サイファイア抗争史」

正直 Twitter だけだと「ゴッドガンレディオ」が何なのかよくわからなかった。こんなことを書くと益々怒らせそうだが、この文章でよくわかったので許してね。今は多少落ち着いたのだろうか? 絶対落ち着いてないよな。自分の人生もほぼGGR側だったのでよくわかる。日本ファンタジーノベル大賞でも拭い去れないよな。

遠野よあけ「ぼくがダールグレンラジオで果たしたこと」

GGRも「評価を得ることができなかった小説の感想を述べる」だし、こちらも「全作品コメントもおたよりコーナーも受講生から好評だった」らしい。稲田一声と共に相当の時間と手間がかかったと思う。私も同じです :-)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です