伴名練 編『新しい世界を生きるための14のSF』

投稿日: カテゴリー

新しい世界を生きるための14のSF / 伴名練編 / ハヤカワ文庫JA / 1360円+税
カバーイラスト: 九島優 / カバーデザイン: 川谷デザイン

新鋭の作品だけを集めたSFアンソロジー。まえがきの「本当はあと200ページ欲しかった」は、お決まりの宣伝文句でなく、真に充実した内容。どの作品も力があり、それぞれの世界に一気に引き込みます。
各カテゴリーの関連情報、編集後記は、日本SFに疎い私には最高の読書ガイド。目配りの広さ、紹介の上手さ、小ネタの面白さでこちらもグイグイ読ませます。ところで、SFマガジンに電子版がないのは翻訳権の問題らしいが、具体的に何が問題なのだろう?

関連: 『新しい世界を生きるための14のSF』幻のあとがき(文・伴名練)

八島游舷「Final Anchors」

自動車衝突事故の0.448秒前。車載AI同士が接続し、どちらの車が強制停止アンカーを打ち込んで自己破壊し、他を生かすかの調停を始める。

いくら編者がこのアンドロジーは好きな順番に読めと言っても、この作品を冒頭に置いた理由は明確で、このプロットが素晴らしすぎる。その後もAIに対する人間の信頼に対するAIの視点まで進み、次々と登場するガジェットもハーマ・ポスト、自動運転を妨害するダウナー、AIフェンス等々と多彩。これはどこまで行くんだと期待しながら、安易な背景とラストと動機を想像していたら、そのまんまで、これはちょっぴり肩透かし。AIなのにフロイライン型発話で、これではステレオタイプ過ぎると思います。

斜線堂有紀「回樹」

尋常寺律は、恋人の千見寺初発露の遺体を盗んだ容疑で取り調べを受けている。

SFネタよりも百合描写のエッチさと、ありきたりのすれ違いが記憶に残りました。ラスト。キスした方がいいのかな、と考えるくらいならキスしない方がいいのと同様、愛し続けようと努めるのは愛ではないのでは?

murashit「点対」

カテゴリーは「実験小説」。冒頭の連続した字下げ、そしてクロス部分で笑いましたが、それ以上の広がりはありませんでした。残念。

ところで印税はページの分量で分けるそうだが、段組みもフォントも他の作品より不利な本作はどうなるのか。電子書籍版はどうなっているのか、ページごと画像として取り込んでいるのか。

宮西建礼「もしもぼくらが生まれていたら」

高校生のタクヤ、トモカ、トオルは、衛星構想コンテストに小惑星を動かす衛星で応募しようとするる。小惑星は地球、特に日本付近へ落下する危険性が高まっていた。

ロシアのウクライナ侵攻以来、軍拡、特に核配備の議論が盛り上がっています。プーチンみたいな気狂いの前では、国際平和の掛け声も虚しく、国際連合も機能せず、最終的には軍事力しかないのかという気はします。ただそこで思考停止せず、戦争を回避し、平和を目指す努力は続けるべき。落下する小惑星に絡めてその議論を押し進めた作品。タイトルの意味を理解できたときに別種の感動が起こります。二重仕掛けの傑作。

高橋文樹「あなたの空が見たくて」

木星軌道の住人リンドウは、星間旅行の待合室で、地球から来たジェズイに話しかけられる。ジェズイは遠いカペラまで行くと言う、片道切符で。リンドウは興味を持つ。

何度読んでも面白い傑作。伴名練も書いているとおり、減らず口も含めてノスタルジックなSF感が満載です。途中、ビデオが途絶え、そんなものさとの諦めから一転、喜びに筋繊維を切ったり、異種の友情を信じて嬉しく思うリンドウの優しさがとても気持ちいい。

蜂本みさ「冬眠世代」

熊のツブテは、冬眠前にスグリと会い、春の再会を約束する。

冬眠で世代間の記憶を共有するアイデアは面白いが、それ以上は漢字の「人」を「熊」で置換した以上のものを感じられませんでした。、

芦沢央「九月某日の誓い」

久美子は死んだ父と縁のある人の紹介で三条家に奉公することになり、操様に仕える。二人しか家にいない日に男が侵入し、操様を襲おうとしているのを目撃した久美子は、それが彼女の意思でもあることに気づく。

操様と久美子さんの柔らかなやり取りは良かったのに、距離を起き始めてからの過程が急ぎ過ぎ。束縛を嫌ってとか、能力を恐れてとか、理由はあっても前のエピソードがいいだけに説得力にかけました。そして能力の理屈からいろいろ派生していくのはちょっとやり過ぎ、盛り過ぎと思う。

夜来風音「大江戸しんぐらりてい」

石見の泊火社で、柿本人麻呂の和歌を記した大量の木片が見つかる。契沖に依頼された関孝和は木片に萬葉抽出計器を見る。

冒頭は「人麻呂の暗号」やら土御門家やらで楽しいが、タイトルでなんとなく方向性が見える人力コンピュータは、『三体』の既視感が強いのが残念。演算士と国常立尊の戦いももう少しサービスして良いのでは。

ところでゲンロンSF新人賞受賞作だとなぜ収録できないのだろう? 2年前の記事ですが、「1年間の作家養成プログラムと個別指導を経ての授賞となる」の部分が引っかかるのか、それとも長編が予定されているのか。
参照: https://www.genron-alpha.com/news20200908_02/

黒石迩守「くすんだ言語」

玄霧宗谷は脳とコンピュータを結線する<ニューロワイアード>において、言語の壁を超える<コミュニケーター>を開発していて、母語の翻訳の際に生成される「中間言語」の存在に気づく。

仕事風景はIT系プロジェクトそのもので、特にプロマネの動きや思考は作者の経験なのでしょう、リアルです。一方で中間言語生成から先の展開はもう少し欲しかった。

天沢時生「ショッピング・エクスプロージョン」

カリスマ創業者を亡くし、無限に増殖し始めた安売り店サンチョ・パンサ。店から品物を強奪する貧鬼<パンサー>に憧れるっハービーは、衝動買いしたトランスフォーマーのフィギュア内に、チップを見つける。

カテゴリーは「サイバーパンク」だろうと検討をつけていたら違ったけど、それくらいサイバーパンク。技術用語と振り仮名、ガジェット、人体改造、電脳空間、バディもののアクション等々。で、超ご機嫌な、すぐにでもハリウッドが映画化しそうな話。大好き。

佐伯真洋「青い瞳がきこえるうちは」

視覚障害者の白河優輝は、仮想空間を介するX卓球で、昏睡状態にある双子の兄、糸川創の操るSOUと対戦後、創を目覚めさせるよう依頼される。

視覚と聴覚の融合のアイデアは面白く、卓球の描写もプロフェッショナルだけど、分かりづらいところも多い。視覚を得た恐怖や喜び、創やニカの内面がもう少し欲しい。

麦原遼「それはいきなり繫がった」

ウイルス禍が収まらない「こちら側」と、ウイルス禍の起きなかった「向こう側」の世界がつながり、両方で”対”となる人間がいることを知る。私は恋人のJの対、”鏡の人”と付き合い始める。

コロナは背景の一部でメインは平行世界。描かれる喪失感や罪悪感に、もう少しエモさを感じても良いと自分自身思うが至らず。

坂永雄一「無脊椎動物の想像力と創造性について」

葛城絹博士によって創造された蛛形生物群の巣によって覆われた京都。葛城の元友人で建築家の天瀬は護衛の碓水とともに、最初に漏出事故の発生した京都大学の調査に向かう。

蜘蛛の巣に覆われた京都の詳細なビジュアルと、30年前の工学部第一棟地下一階の研修室や薄暗いセミナー室での会話が印象的な作品。悪く言うとそれだけ。葛城博士の謎明かしを避けたのは正解。

琴柱遙「夜警」

マルコの村では、毎晩子どもたちが灯台で夜警を務める。夜空を見て、流れる「星降り」に欲しい物を願うと、翌日その願った物が流れ着く。村人はその漂着物を頼りに生活している。ある晩、マルコの妹のモモが行方不明になり、子どもたちは捜索を始める。

星に願いをかける子どもたちだったり、少年の成長譚だったりとが、残酷なファンタジーに自然と溶け込みます。何度も悪しき願いで世界が滅んだ末の大人たちの厭世観はつらいが、ラストはマルコとモモに希望を託しているようにも。

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