ハムスターに水を – 逃げ続ける、ずるい、ぼくの話

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ハムスターに水を / 高橋文樹 / 破滅派 / Kindle版
2015年7月

面白く読みました。最初はそれこそアントニオーニばりの愛の不毛を描くのかと思いましたが、逃げ続ける「ぼく」が中心の話でした。

ぼくは結局なにも目指せません。それは屋上の寛美を助けなかった行為に始まり、空しい人生設計図からの逃避、寛美への擬似の恋愛、姫岡の下での4年間の正社員勤務等々。「国語理論」を始め、新聞への投稿も、洋服のセンスもすべてが借り物。ぼくの都合の良いフィルターを通しただけの意見でしかありません。

それは寛美に対する描写が顕著です。眉毛を描いてないとか、鎖骨やアキレス腱での曲線描写とか、セックスの感度の良さとか、微に入り細に入り彼女の特徴を描き出して美をたたえながら、一方でメンヘラな部分については「寛美が狂ってしまうから」と恐れだけを口にし、おどおどした自分よがりで噛み合わない会話を続けます。中出しされて怒ったり、ミスターの電話で濡れなかったりと、私には寛美は普通の女性にしか見えません(リストカットはもちろん、屋上の自殺も恐らくはぼくに見つけてもらうふりだったはずです)。結局、ぼくは、自分に都合の良い理想の弱い彼女を作り上げ、彼女の従者兼犠牲者のフリをしているだけに思えます。

そんなぼくですから姫岡と会っている寛美の態度の変化にも、悪阻にも気づけません。最初のハムスターが鼻血を詰まらせて死んだ日が、寛美が初めて姫岡と寝て、ハムスターに八つ当たりをした日だという推測は妄想がすぎるか?

彼は以前からハムスターを飼い続けています。何の象徴でしょうか?

何も目標をもたず、何も達成できない、ぼく。早瀬とH君の無回転シュートの特訓に生半可な知識が浮かび上がり、胸を痛めるだけで何もできない。そんなぼくがただひとつ続けられていたことこそ、ハムスターに水をあげることだったのかもしれません。ただそれも一瞬にして寛美に踏みにじまれ、まったくの赤の他人の軽トラのおじさんに正体を見透かされるのですが…。

各章冒頭のエッセイや手紙も象徴的です。マラドーナの話は投稿しませんし、新聞への投稿は寛美と姫岡の焼き直し、薄っぺらい人生設計書、動機不順の手紙、宛先の間違った手紙。極めつけは姫岡を殺す、という手紙。この手紙、恐らくは出されず、姫岡も殺されないでしょう。どこまでも逃げ続けるぼく。

改めて冒頭に戻ると寛美からも逃げ出しているように思えます。

 

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