虐殺器官 / 伊藤計劃 / ハヤカワ文庫JA / 720円+税
カバーデザイン 水戸部功
シェパードは米国情報軍特殊検索群i分遣隊に所属し暗殺を業務としている。世界各地で起きる虐殺の背後に共通してジョン・ポールの存在があり、彼の排除命令が下る。
本当に素晴らしい作品。
テロ行為のたびに顔を出すアメリカを徹底的にコケにした背景から笑えますし、そこに業務委託の軍隊がいたり、究極にまで進んだトレーサビリティがあったり(しかもそれに抜けがある)、生体組織で覆われたポッドだったりの小さなSF的アイデアや、「検索エンジンの索引化が速い」などの端的で的確な表現を絡ませ、1、2年後のありそうで、あったら嫌な世界をリアルに構築していきます。その上でのスピード感あるアクション劇。ここでも魅力的なSF的補助器具が並びますが、最後はパラシュート降下や肉弾戦とまるでゲームか映画のよう。血糊や死体の量は多いものの小汚くはなく、活性炭をまぶしたかのような淡々とした表現はシェパードの独白とも重なり乾いた印象を与えます。その分、シェパードがどんなに口で悩んでいる、と言っても、どこか空々しく、その感情さえもが作られたものかもと思わせてしまいます。いいです。
そして最後はお約束の誇大妄想狂の登場。これまでこうした輩の最後に納得のいった試しはないのですが、本作ばかりは凄まじい説得力と破壊力。それまでのすべてが伏線だったという信じられない利己的で純粋な動機と、それに気づけなかった、それ自体に大興奮です。しかもそれを受けたエピローグでの展開がまた予想通りのはずなのに…。
最初の数ページを読んで感じたのが、慣れ親しんだ文体の肌触り。ページにおける漢字かなとカタカナの比率や表現とか文体とか、さまざまな面でこの本は翻訳ものを喚起しました。考えてみれば私は日本の作家による日本語よりも、浅倉久志や伊藤典夫、山岸真、小川隆、大森望、黒丸尚、酒井昭伸、山高昭、岡部宏之、中村融、矢野徹、山形浩生、矢野浩三郎、小尾芙佐 といった方々の訳文の日本語の方を数十年読んできています。きっと同じ経緯があるのでしょう。
さらに、登場する映画のタイトルやパイソンネタ、言語を巡る議論が分かりやすく、これが「ゼロ年代か…」と改めて感じ入りました。ほぼ同世代というのも大きいか。明らかにここに新しい日本のSFがあるのでしょう。ちなみに「おすすめ文庫王国2013」の大森望によれば「伊藤計劃以後」という捉え方もあるようです。