本の雑誌 2021年8月号 (No.458) / 本の雑誌社 / 800円 + 税
表紙デザイン クラフト・エヴィング商會 [吉田博美・吉田篤弘] / 表紙イラスト 沢野ひとし
特集は「途中経過!コロナと出版」
コロナが出版界の様々な業種に与えた影響を当事者が語る特集です。コロナ前から良い話がなかった業界は、猛烈な努力と、巣ごもり需要と『鬼滅の刃』という運に恵まれ、何とか生きている感。特集名に付けられた「途中経過」が悲しく、将来の漠とした不安が残ります。数少ない良い効果は、他の業種同様、一気にデジタル化、リモート化が進んだところくらいでしょうか。紙の本が好きな人間としては、物理的な「本」を制作者から読者まで回す、この業界の方に、何とか生き延びてほしいと願うばかりです。
もう一つの特集は「2021年上半期ベスト1」
1位の『高瀬庄左衛門御留書』よりも、一穂ミチ『スモールワールズ』への愛と期待の紹介が記憶に残りました。あとは選外の『『ガロ』に人生を捧げた男』と『ツボちゃんの話』。
読者アンケートでの紹介者と同じく、いきなりのタイトルに引かれたのが、早坂大輔『ぼくにはこれしかなかった。』。盛岡で書店を開業する話だそうです。
その『スモールワールズ』の一穂ミチに、凪良ゆう、榎田尤利、木原音瀬らを交えて紹介するのが坂井絵里「BLは沼ではなく海だった!」。書影を見て、私はBLはやっぱ駄目だわ… と思ったら「BL小説はイラストからのイメージもかなり大きいのです。」とあって、さらに駄目を確信しました。
では、同じく分野外でイラストに重きを置くであろうライトノベルはどうかと言うと、鏡明曰く、読者のメインターゲットが20代になり、企業の物語が増えている、とか。また物理的に強い女性主人公の話も多い。読まないなぁ…。なお、鏡明は「小説家になろう」も読んでいる模様。どれだけの読書量なんだ…。
新刊紹介で「跋扈」が連続するのは、ウェスタンとSF怪奇ファンタジーの融合、ランズデール『死人街道』と、O’Reilly の Perl 本が出るらしいピンチョン『ブリーディング・エッジ』。後者は書店で手にとりましたが大きく黒々としていて4100円。うーん。他の新刊ではビショップ『時の他に敵なし』。
服部文祥が紹介しているのが、死や生について宇宙物理学者に答えを求めた結果をまとめた『「科学にすがるな!」宇宙と死をめぐる特別授業』。科学に対してもこれくらいのアプローチがいいのにと思うし、「物理や化学の理論は、人間の思考様式に合うようにつくっている」という姿勢もいいですね。
さらっと知らないことを紹介してくれる速水健朗は、フォードがT型を20年近く作り続けて、次を作らなかった話。大量生産プロセスを発明しながら、矢継ぎ早のモデルチェンジは嫌うとか、フォードの人間味が感じられて良い紹介です。
同様に岡崎武志は、田中小実昌伝の中で1940年代、「当時の受験システムによれば、旧制高校こそ難関。」。東大も無試験入学可だそうな。
「古本屋台」は本当に楽しみな連載。毎月、2作というのも嬉しい。今回はおじさんの驚くべきスキルが披露され、ますます惚れました。
青山南のアン・パチェットの片付け話の続き。家の中のあらゆるものを捨てたり、人にあげたりしたが、2台の古い手動タイプライターだけは捨てられなかった、いい話。彼女の本屋はこちら
https://www.parnassusbooks.net/
円城塔は『ゲーデルの悪霊たち』の紹介。私の世代だと「不完全性定理」以前に、『ゲーデル、エッシャー、バッハ』が先に来て、何だかゆるふわに難しそうくらいのイメージでしたが ≪狂気≫ が続くと読みたくなります。
その「狂気」を題名に含むのが風野春樹が紹介する『なりすまし 正気と狂気を揺るがす、精神病院潜入実験』。精神病患者を装って、正常者が病院に行き、精神科医を試したローゼンハン実験の真相。これも面白そう。
堀井憲一郎は『夏への扉』の再読と映画について。ストレートに両者を誉めていて、福島正実、高橋良平の解説にも触れます。映画は意外といいとの評判も聞きますが、よほどタイミングが合わないと見ないだろう。