2020年1月24日に行われた HON.jp 主催の「藤井太洋×高橋文樹「『三体』はなぜヒットしたのか? ~ 中国(成都)国際SF大会等報告」」をレポートします。お二人が参加されたダブリン、ソウル、成都の3つの SF 大会を作家枠視点、ゲスト視点でそれぞれ紹介し、途中、コンファレンス参加の意義やコツ、各国の状況などにも触れました。当日の会の様子は こちらにまとまっています。
企画自体は恐らく先に発表された「SCI-FIRE 2019」所収の「藤井太洋さんに聞く – 世界で書く」と麦原遼「2019 Worldcon Panel Participation」リポート、および SCI-FIRE 公式サイトの「ワールドコン」タグの記事を受けたものと思われます。ちなみに「SCI-FIRE 2019」はこちらで購入できます。
ワールドコンはあらゆるサブカルイベントの元祖
「世界SF大会」の方が通りの良い「ワールドコン」は、SFに関することなら小説だろうが、映像だろうが、研究だろうが、漫画だろうが、何でも対象にファンが集まって盛り上がるイベントです。ファン投票でヒューゴー賞を選ぶのも有名です。
と、これくらいは知っていましたが、藤井さんによれば「あらゆるサブカルイベントの元祖」だそうです。コミケが日本SF大会から派生したこと、そしてその日本SF大会がワールドコンを参考にしたことを受けて、「ワールドコンはコミケのおじいちゃん」とも。したがって両者で共通する部分は多く、特に運営面は重なります。
- 少数のゲストを除き全員が参加者。運営委員長もチケットを買う。
- スタッフは全員ボランティア。
- 運営委員会は民主的な運営を行う。
これはサブカル系イベントに限らずオープンソースカンファレンスや WordPress ミートアップなどのIT系イベントも同じですね。実際、藤井さんからは「コミュティ」というオープンソース界隈で頻出する言葉も度々出ました。
ワールドコンは Nippon 2007 として日本でも過去一度行われています。場所は横浜。テッド・チャンが初めて大勢の前で話し、サインしたことを最新刊『息吹』の日本語版前書きで語っています。藤井さんが『Gene Mapper』を個人出版するのは2012年なので、作家になる前の出来事。横浜のことを聞かれても正直に知らないと答えるそうです。当時まだ SF を書いていない高橋さんは知っているふりをするそうですww
Dublin 2019, 77th Worldcon
アイルランドのダブリンで行われた第77回ワールドコンです。ワールドコンで行われるイベントについては wikipedia に網羅的なリストがあるため、ここでは藤井さんが紹介されたものを紹介します。6つのセッションを担当されたそうで、実際に現場で体験した人のコメントは拡がりと深みがあります。
パネルディスカッション
1人のモデレータ、4~5人のパネリストで議論する。申込時のアンケートに答えておくと、どのディスカッションに出たいか2、3個の候補から聞いてくる。パネリストは作家や編集者だけでなく、ファンや学者も登壇する。
マイクを独占してしまう人もいるので、モデレータが振ってくれるとはいえ、発言は積極的に行かなければならない。
アカデミックセクション
アカデミックなテーマを、PhD 持ってるような人が、15分 Lighting Talk + 5分 Q&A で一日中ずーっとやる。テーマは種種雑多。
コーヒークラッチ
コーヒーを飲みながら作家と話せるセッション。藤井さんはホスト側をやられたそうです。単純にすごいことだと思います。
なおワールドコンでは強い意志を持てば希望する作家には必ず会えるし、サインしてもらえるし、会話できるそうですよ。
ヒューゴー賞のプレパーティ
ヒューゴー賞にノミネートされている人、団体だけが参加できるパーティー。ヒューゴー賞には映像部門等もあるためハリウッドの有名プロデューサー等も参加するような豪華なものだそうです。
ヒューゴー賞のルーザーズパーティ
ヒューゴー賞の発表後、選に漏れた人、団体が参加するパーティー。緊張も解け、無礼講なイベントだが、最近は人数が集まりすぎ問題が起きているとか。ヨーロッパは入場規制がうるさいらしい。
各種パーティー
ヨーロッパのパーティー文化は WordCamp EU でもおなじみ。誰彼無く誘ってタダ飯、タダ酒をふるまってくれるので一参加者としてはありがたいことです。ワールドコンでは開催を誘致している都市主催のパーティー等も行われるとか。
パーティー会場に見る世代の話が面白かったです。アメリカはコミュニティが高齢化しており、おじいちゃん、おばあちゃんが多数いる、下手すると第1回ワールドコン(1939年開催)を覚えている人がいる、その一方で、中国は20代~30代が中心で若く熱気があるとか。日本のSFコミュニティはアメリカに近いと思っていますがどうなんでしょう。
第一回韓国SF大会
SF文化はあっても長らくSF大会のなかった韓国で、ワイ・ケイ・コン(? 要確認訂正)という女性編集者ががんばって立ち上げたそうですが、直前のトラブルで主催をおりたとか。藤井さんが言葉を選びながら語ったことを勝手に解釈すると、韓国は市場が小さいため、男性作家と女性作家、若い世代と上の世代で非常な対立があるようで、恐らくその対立が原因で主催を降りざるを得なかった感じ。代わりに日本でも有名なジョンさんが主催を継いだようです。 昨今、韓国の文芸作品が話題ですが、全然聞かない話でした。
さて韓国版の『Gene Mapper』は超豪華本。表紙がエンボス加工され、発光するSR06をイメージした蛍光グリーンがかっこいい。と、突然「なぜ、こんなに豪華な本が作れるかわかりますか?」と藤井さん。それは増刷しない、一回きりの少部数印刷だから。あぁ…。絶句…。
政治とコンベンション
とは言え、もの凄く売れれば次はあるでしょうし、ちょうど宮内悠介さんの『ヨハネスブルグの天使たち』も翻訳されたことだし、次回作でも… という振りに対して韓国出版サイドの答えは「日韓の問題が落ち着いたら…」と。あぁ…。ちょうど徴用工の事件が起きたときで、以来良くはなっていません。
そんな時期に開催された大会にも関わらず、藤井さんはゲストとして招聘され、そのお金はソウル市が出しているのだそうです。
先に述べたようにワールドコンはボランティアの運営です。これまで私はその運営費の大部分はチケットや協賛スポンサーからのものだけと思っていましたが、実際にはほとんどの開催地で、自治体が文化、観光支援名目で助成しているのだそうです (横浜はどうだったのだろう?)。
中国、成都でのSF大会でも同じ。「リベラル」を通り越した「プログレッシブ」で有名な物言う編集者達をゲストを大勢呼び、案の定、香港支持のメッセージを出したそうですが、そこに助成したのは中国政府。事後、SF大会運営チームに金を返せとは言ってこないそうです。
翻って日本は文化庁のお金を使って作品を作っても、出演者が犯罪を犯したり、韓国が政府に意見すると、金を返せと言われてしまう。なんだかね、という話です。
第五回中国国際SF大会
中国の成都で開かれたSF大会。この大会はワールドコン誘致も兼ねているため、4ヶ国語の同時通訳も入った本格的なもの。この大会に限らず中国のSF大会は豪華で、日本とは文字通り桁違い。入り口にはゲストごとのパネルを貼ったゲートが並び賞の授与の合間に代わる代わる歌手が歌い、京劇があり、レーザー光線が飛び交います。
若者の熱気もすごく、藤井さんも過去の大会で1時間半サインしっぱなしだったそうです、まだ長編は1冊も翻訳されていないのに! 今回も林譲治さんの前に10冊の本を積み上げサインしてもらうファンの様子が投影されていました。
いい話だなと思ったのはワールドコン内で子どもに賞を授与していること。「100年後の成都」と題した作文コンテストみたいなものだったようですが、他に児童文学分野での授与もあり、ここらへんはヤングアダルトのないワールドコンに勝っています。
中国SF四天王
中国SF四天王について簡単な説明がありました。立原透耶先生による中華SF作家紹介も参照してください。
- 劉慈欣(リュウ・ジキン/リウ・ツーシン)
ハードSF系。『三体』のお陰で別枠になった感。2015年、ヒューゴー賞を受賞した直後のSF大会で藤井さんは劉慈欣と一緒にサイン会をしたそうですが、劉慈欣の列は会場を飛び出して1ブロック半続いていたとか。
- 王晋康(オウ・シンコウ/ワン・ジンカン)
文学的な作品を書く。
- 韓松(カン・ショウ/ハン・ソン)
短編。新華社通信の記者で多忙
- 陳楸帆(チン・シュウハン/チェン・チウファン)
若い人で勢いがある。先日出版された『荒潮』の訳者あとがきには、この成都SF大会で藤井さんが陳楸帆に直接、発音を吹き込んでもらうエピソードが掲載されています。
科普と科幻、中国の書店事情
日本も徐々に「SF」が浸透していったように中国も理系全般の書籍、図鑑、実用書等を意味する「科普」から、徐々にSFを意味する「科幻」が独立していったそうです。
その科幻は今では中国の書店で店頭を占める存在。『三体』の理論本等もあるそうです。ここで中国でメジャーなジャンルを挙げると
- 探偵小説
- 幽霊ミステリー
- 墓盗もの? 異世界系。トゥームレイダー系。日本なら車にはねられるところが、中国では墓に行くと異世界があるらしい。
- 科幻
日本の純文学も盛り上がっているそうで「人間失格」とかの書影も並びます。いよいよ中国も内省の時代に来たかというとそういう訳ではなく、「日本の作家は政治を書かないから売りやすい」といういかにもな理由。あぁ。豆知識ですが『三体』の冒頭に「毛沢東」の文字は出てこないそうです(訳注にはある)。
また村上春樹と東野圭吾は別格で専用の棚もありますが、藤井さんによると東野圭吾の扱いは科幻では? とのこと。ガリレオとかですかね。
作家が海外コンベンションに参加する意味
藤井さんは5年前からワールドコンに参加していますが、その成果でしょう、驚くほど顔や名前が出てきます。Facebook でもよくつながり日常的にやり取りされているそうで、各国のSF事情も詳しいです。
逆に言えば2012年のデビューまで一般企業に勤めていて、海外はおろか、国内でもそれほどのコネクションはなかったであろう藤井さんが、わずか5年で世界中の作家、編集者、ファンとのネットワークを作り、多数の外国語版を出版されていることを考えると、デビュー3年であの日本SF作家クラブ会長になるような方なので、相応の方であると事実は差し引いても、コンベンションへの参加は非常に重要と思います。
ただ、ワールドコン1回切りの参加でこうした関係を築くことは難しい。行って、黙ってセッション聞いて、帰ってくるだけではコネクションが発生しようもない。作家が引っ込み思案なのは世界共通で、英語の問題がさらに垣根を大きくしますが、そこは名刺、自分の作品を英訳した冊子、コピー、ステッカーなどなどを持参して、渡しまくり、話しかける。小さなコンベンション、ローカルなコンベンションでコネクションを増やしていくと、ワールドコンのような大きな大会に行っても「戦友」みたいな気持ちになれる。Dublin で閉会間際、会場を回る藤井さんは口々に「次は成都で」と言われたそうです。ここまでのコネクションがあれば、次の仕事につながることでしょう。
編集者も膨大な原稿の中から見知った人の作品なら読んで見る気になるし、アンソロジーを組む際にもテーマにあった作品があれば、声がかかります。高橋さんも何度か日本人作家を紹介してほしいと言われたそうですよ。
最後に
ワールドコンの運営や、コネクションの作り方とかを聞いているとオープンソースコミュニティのそれとの共通点を感じました。少しずつローカルやオンラインで繋がっていきながら、たまに大きな大会でがっちし握手したり、ハグしたりするのはコミュニティの醍醐味です。
次回また機会があれば、藤井さんが日本での活動をどのように広げているのか、また高橋さんが過去オープンソース系で培ったコミュニケーション力をどのように発揮できているのか是非とも聞いてみたいと思います。
P.S. 会場で『戦前不敬発言大全』『戦前反戦発言大全』の高井ホアンさんとお話できました。嬉しい。
何か忘れてません?
そうでした。『三体』がヒットした理由を忘れていました :-)
講演ではあまり触れられず、触れる気も最初からあまりなかったようなのですがw、三体がヒットした理由は「ヒューゴー賞を受賞したから」ですね、身も蓋もありませんが。
結果、中国内でそれまで10万部だったものが、それ以降で2500万部になったそうです。韓国版が800部しか売れなかった理由も同じ。出版されたのがヒューゴー賞受賞前だったから。翻訳ものはこういう出版のタイミングってあります。
ではなぜヒューゴー賞を取れたのか? そこらへんは次回説明があるでしょうよ。