全身編集者 / 白取千夏雄 / おおかみ書房 / 1500円
カバーイラスト 古屋兎丸
2019年
感想
ガロ編集者で古屋兎丸の担当でもあった白取千夏雄の自伝です(古屋兎丸のデビュー作『Palepoli』には白取千夏雄が本人役で出てくる話があります)。彼の生い立ちと「編集道」に始まり、ガロの再生と分裂、自身の闘病と妻のやまだ紫の死が語られます。
白取千夏雄の「編集道」は至極まともな道。漫画家は感性だけで構わないけど、編集は理詰めで進めなければならないとか、すべての漫画家は先生を付けて呼び、原稿を大切に扱うとか。絶版や品切れに怒り、読者からの感想に喜ぶ等々。背景として描かれるガロ内部の販売や編集の様子も面白いです。
ところで悲しいのが長井勝一が唐沢商会の作品を面白いと思えず、編集部で意見が食い違うシーン。加齢で感性がずれてしまったのをここまではっきり見せつけられるのはつらいですね。
80年代からの動きの中での漫画や雑誌文化を取り巻く項目も面白かったですが、DOS や Windows 3.1、Shockwave などがサラリと出てくるあたり、こっちの方面の感度も良かったのでしょうね。だから「デジタルガロ」が出てくるわけですが…。
私はガロの分裂を当時意識した記憶がなく、今回片方の当事者の意見を読みながら「ふーん」とか、そんなことあったんだぁ、でも古屋兎丸って「アックス」で表紙まで描いてたよね、なんでだろう? とか、ぼんやり考えながら読みました。物事がうまくいかないときって、こんなちょっとした意見の相違から過激な結論になってしまいますよね。だから
「やったことの経緯も心境も分かる。だけど、他に方法なかったの?」
というコメントになるわけですよね。ただ、決して手塚能理子を悪く言っているようには読めなかったです。
この本の売りは牙狼分裂の真相でしょうが、本当のメインはやまだ紫の章。どれだけ白取が妻を愛していたかが切々と語られ、悲しみと怒りが爆発寸前のところで、5月3日の夜を迎え、5月4日「もう頑張らないでいいから」の言葉が出ます。痛々しすぎる…。やまだ紫の漫画を読みます。
そしてガロ「編集魂」を劇画狼に伝える部分はとても優しくおだやかで、良い弟子がみつかったなと思います。彼の死を伝える部分も淡々として逆に良い感じ。そして巻末にはガロ分裂の当事者、山中潤のコメントが付されて …
ええっ …!!
下衆な言い方になりますが劇画狼はやりますね。この本に「ほくそ笑む」という感想は不適切と思いますが、それにしても最後は「ええっ!」となりました。
やまだ紫さんが亡くなっていたことを今日 知りました。
まごころからご冥福をお祈りいたします。
白取さんがどれだけやまださんを愛されていたか痛いほど伝わる文章でした。
現在は品切れのようですが機会があればご覧ください。ちょっとつらい読書になりますが…。