東京都九尾島全記録 知られざる離島の阿修羅伝説 / 破滅派編集部 / 破滅新書03
1500円+税
表紙イラスト: 奈多留里子
九尾島と阿修羅に関する伝説や奇譚、周辺の話の共作で、作品間にゆるくつながりがあるのが楽しい。
中では大猫「音に聞こゆる為朝の」が、古典の名作を読んでいる感すらある展開と語りでとても良かった。Juan.B「ヒサ坊始末記」もいいなぁ。
奈多留里子「はじめに」
東京都九尾島は伊豆諸島沖にある外周30Kmの離島で、ウラン鉱脈と木簡で知られる。民俗学者の奈多忠吉は九尾島の定期的な移動を唱えて学術界から無視される。
冒頭から島の移動とか、天然放射性物質の存在とか、SFな設定が投入されて期待が膨らみます。この文章を元に同人が競作したのかしら。ゴジラとか出てきそう。
「木簡」が、「九尾島木管」となるのはタイポなのか、意図なのか不明。
高橋文樹(訳)「聖仙アルカの東わたり西もどり」
四つ腕の魔人族ダイタヤの末裔アルカは島流しにされ、クビトの島に漂着する。島民の指導者となったダイタヤは、軍を率いて故郷に戻る途中で「しまなり」に遭遇。島も兵も失い、自身も役目は終わったと2本の腕を落とされる。
語りやエピソードや幕切れがいかにも口承の説和風。むしろこちらが全体設定のベースとなった短編か?
大猫「音に聞こゆる為朝の」
弁財天から四つ腕の赤子を授けられた源為義は、子を八郎として育てる。成長した八郎は為朝を名乗り、戦で活躍するも敗れ、島流しにされる。伊豆諸島を制圧後、九尾島を定住の地とした為朝が一人海に出ている間に、しまなりが起き、九尾島も消える。
上手い。話しの転がし方も上手ければ、読み物風の語りも為朝の造形も上手い。九尾島の神像と対面する場面の盛り上がり、直後の「八郎の生涯で最も穏やかで平和なひと時が訪れた。」の不穏さよ。
ところで冒頭3行目の為義の誤植があり、混乱した。
二季田燐子「南蛮人の日記(抜粋)」
儒学者らと共に明船で島に漂着した一行は、マラッカ銃を気に入った王様に歓待される。島の岬の先には小島があり、時折咆哮が聞こえることが気になった男は小舟を出す。
途中の脇の語りがめちゃくちゃ良い。例えばp.72の海の情景から銃の音で現実に引きも出されるあたりとか。なので語り手が変わってからの急なたたみ方は、正直、残念。
小林TKGの前半は何なのかよくわからない。ちなみに目次にその名前はないけど、末尾の「著者」には名前があります。
眞山大知「暗黒ムエタイ大決闘 阿修羅VSスペイン無敵艦隊 」
母を殺された九尾島の阿修羅はアユタイに行き、暗黒ムエタイを習得する。スペイン無敵艦隊を破った後に島に戻ると、再度、無敵艦隊の襲来があり、これを迎え撃つ。
タイトルほど胡散臭くなく真っ当なストーリー。九尾島を厠、島民を蝿や蛆虫としてしか見ていないのに日本を守るためにアユタヤから島に戻るのは哀しい。長大な生命との引き換えの秘技、虚を割くシヴァがかっこいい。
途中、為朝の名前が出てきて驚きました。
河野沢雉「八郎翁異聞」
ペリーが九尾島に来航し、島民と諍いになる。武力衝突になる前夜、丹吾は岩室に住む八郎じいさんに相談すると、島が動いていると言う。
日時のズレで興味を引きましたが期待したようなバカSFネタでなく(島が移動すれば十分バカですが….)、こちらも真っ当な話でした。八郎治さんがかっこい。
で、「八郎」で驚いたのだけど、どこまで設定が共有されているのか、大猫の作品が先にあるの?
松尾模糊「第四棟跡地」
長崎沖?には戦前、ウラン集積工場が建設された九尾島と、その北東にあって労働者の棲む場所となっていた保貯務金島があった。その第四棟跡地には厳重にロックされた鉄の扉がある。
半島から移住してきた鉱員の家族と現代とが交互に描かれる、長い物語の序章的な話。島は多分「ポチョムキン」と読む。
諏訪靖彦「座敷牢の密室殺人」
娘の友だちが、座敷牢に閉じ込められた死体の状態で見つかる。靖彦は直前まで一緒に遊んでいた娘と、阿修羅君を尋問し、二人の共謀を疑う。
思わせぶりな表現、娘の語られていない事実、阿修羅は四本腕なのか?等で最後に凄いオチが来るのかと妄想を膨らませていたら、若干肩透かしでした。九尾島は名前が出てくるのみ。
曾根崎十三「こんな島じゃふたりきりになんてなれやしない」
15歳の引きこもりの実莉は、夜中に朱里に襲われるが、同世代と知り話をする。朱里は輪廻を止める時期外れの阿修羅を産むべく、島中の男から犯されていた。実莉は朱里を連れて本土を目指す。
可哀相ランキング上位2人が一体化するのは必然か。実莉の語りが上手く、冒頭の畳に伏せている様子や引きこもり感、婚約の話しがリアルで嫌すぎました(褒めている)。
諏訪真「インドラの贄」
私は九尾島に戻り、朱里の娘、茉莉と結婚、二人の間に光一と暁の双子が生まれる。光一は四本腕のため隠して育てるが島民に見つかり、暴徒化する中、暁は光一を喰らい、阿修羅となる。
まさかの「こんな島じゃふたりきりになんてなれやしない」と同じ世界。ウランの設定を積極的に活かしていて期待しますが文量が短すぎる。もう少し膨らました話を読んでみたい。
調べるとインドラは阿修羅と戦った帝釈天のこと。であれば暁がインドラなのかな?
Juan.B「ヒサ坊始末記」
女系継承が決まり、心に大きな穴が開いたヒサ坊は、テレビで見た九尾島に興味を引かれ侍従らと訪問する。島の郷土史家、平良から山の上の安徳天皇の剣について聞き、向かった一行のうち、侍従らは死体で発見され、ヒサ坊も消える。九尾島を草井宮満子内親王が訪れる。
女系継承をさらっと持ち込みヒサ坊を鬱々とさせるのが凄い。Juan.Bの作品は読者を選ぶので、宣伝が難しいのがほんと厳しい。平良との気持ちの良いやり取り、満子のかっこよさも上手いのだがなぁ。