鬼畜米英漫画全集 – 漫画文化として面白いけど悲しい

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鬼畜米英漫画全集 / 髙井ホアン / 合同会社パブリブ / 2900円+税
2024年

戦中の反米、反英に関する漫画を集めた本。タイトルや表紙から色物に見えますが、背景の歴史、文化、音楽、漫画史全体を多面的に網羅し、非常に丁寧に作られた労作です。

憧憬や一種の畏れをもってみていた英米を次第に鬼畜化していく様はそれ自体が悲しい漫画。敵の間抜けさをからかったり、身についた文化を振り落とそうとする当初の余裕が、年を追うごとに無くなっていき、精神論に傾き、鬼畜化し、ラストは「主婦之友」の異様な罵倒の連呼「アメリカ人をぶち殺せ!」のせいで、じっとりといやーな気持ちが纏わりつきます。

ところで漫画は漫画。テーマはともかく、近藤日出造の「漫画」の表紙はどれも記憶に残ります。p.100 ルーズベルトは本書のカバーにも使われているもの。p.198 ガンジー、p.359 ルーズベルト。漫画的には p.254 (p.150 も) が良く、知らずに敵を礼賛しているところがまた悲しい。技巧のベストはp.342 の田内正男。「作者は後に少女漫画家となる野呂新平の本名」だそうで。

ちなみにこうした筆者のコメントも素晴らしく、歴史背景を説明するもの、安易なネタをおちょくったものに混じって
p.84 「岸(丈夫)はよほど自信があるのか、ルーズベルトの顔を幾度となくこの陰影・角度で量産的に描いている」
p.318 「流石似顔絵漫画の名手と言われる近藤日出造の手腕と言える」
p.319 「加藤悦郎による、プロレタリア漫画の流れを汲んだ陰影の強い顔が特徴的」
など、漫画家の特徴まで解説してくれるものもあります。

ふと思ったが、これだけルーズベルトとチャーチルをこき下ろした割に、東條英機や天皇が出てこないのは何故なのか。プロパガンダとは敵の悪口を言うだけなのかしらん。一方でアメリカも状況は同じだろうから、そりゃ Tojo は後世の私たちが思う以上に有名だったんだよな。

以下、読みながら残したメモ。

鬼畜米英以前に、漫画文化の話として面白い。トキワ荘以前の貸本漫画の話は聞いたことがあっても、戦前も戦前、明治時代から、こんな芳醇な漫画文化があったのかと純粋に驚きます。手塚治虫もディズニー映画だけ観て「宝島」を描いたわけでなく、こうした流れがあったんですね。

前半のコラムは知らないことばかり。
イギリスの有名風刺雑誌「パンチ」にちなんで、1862年「ジャパン・パンチ」が創刊され、そこから転じてマンガ絵がポンチ絵と呼ばれたとか(ちなみに「漫画」の語は後年、発明される)、イエロー・キッドがイエロージャーナリズムという言葉を生み出し、米西戦争につながるとか、フィリックス・ザ・キャットがのらくろに影響を与えるとか、マーガレット・サンガーの産児制限は後に欧米による思想侵略の一種と捉えられたとか、戦前もミッキーマウスは広く知られていたとか、バロン西が硫黄島で戦死してたり、ベーブ・ルースと来日した全米選抜チームの中にスパイがいたり、バットマンとスーパーマンが同じ年(1938年)に誕生していたり、アメリカ本土へ爆撃してたり、風船爆弾で6人死んでたり、「冒険少年」を池田大作が編集してたり。

p.29 「エログロナンセンス猟奇が全て詰まった」阿部定事件って、表現が面白い。
p.38 菊池寛の雑誌礼賛は感動する。戦中の軍への協力により、戦後、公職追放のまま死んだとは知らなかった。
p.43 「極東」って呼ばれ方は屈辱じゃないんだ、というツッコミに驚く。確かに!
p.48 岡本一平の漫画家論は、現代でも通用しそう。肉筆の絵に対する近さや、現在のイラスト文化とか(まぁ、それも「輸出」されたわけだが)。
p.51 対日禁輸なんてあったんだ…。
p.56 太平洋戦争までの足取りは改めて面白い。徐々に包囲され、石油や鉄資源がないまま戦争に突入した背景には、インドネシアを確保すれば何とかなるという目論見があったのね。鉄はどうなんだ?
p.67 産児制限は悪。「産めよ増やせよ」の国策に反するので。なるほど。
p.68 – 69 アメリカ文化への憧れが一転して思想侵略だからキツイよな…。エログロナンセンス、ってこの頃からある表現なのね。。
p.84 「岸(丈夫)はよほど自信があるのか、ルーズベルトの顔を幾度となくこの陰影・角度で量産的に描いている」
p.87 日本でも戦前からユダヤ陰謀論はあったのね。p.180では東京帝国大学教授の高田真治も連合国側の広大な国土と豊富な資源に対して「ユダヤ的唯物思想」として思考停止、p.393では音楽評論家の丸山鉄雄がジャズ流行の背景にユダヤありと。
p.90 海軍大佐平出英夫の投稿。アメリカの制裁に対して、日本人は我慢できるのである、とかなぁ….。ちなみに後半はこの精神論のオンパレードになる。
p.87 西川辰美のハーケンクロイツの誤りの指摘も冴える。
p.95 第二章は1941/12/8 – 1942/2/28。戦勝続きのため、ルーズベルトもチャーチルもまだ鬼畜でなく間抜け。面白いよなぁ。
冷静な分析とツッコミは冴えまくり、「ひねりが感じられない内容だが、今後このような内容が、ごまんと現れてくる。」(p.96)とかまで教えてくれる。漫画もつまらなくなっていく。
p.100 ルーズベルトは本書のカバーにも使われているもの。p.198 ガンジー、p.359 ルーズベルト
近藤日出造の「漫画」の表紙はどれもいい。
p.108 鶴見祐輔のアメリカ論。アメリカを知っている人だけに苦しい、「ではないかと私は思ふ」とか。
p.124 野口雨情の「大東亜戦争」は朝日新聞掲載。
p.135 1942年1月の必勝ムードの中でも、1937年の盧溝橋事件以来続く戦争の疲弊ムードはあったんだろうなと「一億の物資節約」に思います。
p.142 「世界人物回覧板一九四二年版」。東條英機は「「カミソリ」の名に背かず」かぁ。
p.144 この段階で公認海賊や奴隷売買、
p.150 米英の俳優のポスターを剥がし、レコードを捨てる娘。ちょっと前の憧れが鬼畜化ってないいよな。
p.154 鬼畜米英アニメの世界。ただただ悲しい。1937年にはミッキーマウスのミステリートレインを企画していたのに(p.158)。
p.164 日本はイギリスと戦ってシンガポールも支配していたのだなぁと、シンガポール人の友達ができて、散々シンガポールってどんな国?って会話した後で、初めて実感を持って認識しました。
p.166 混血児物語。チャーチルも英米混血だから駄目だという展開。
p.196-198 近藤日出造。転向なんだろうけど、普通の人間だったのかなぁと思う。『安保がわかる』は知らんけど。
p.216 捕虜の話。真珠湾攻撃で捕虜になった人がいたとか、空閑少佐とか、知らない話だらけ。皇軍に捕虜はない、かぁ。
p.227 コメントに困るほど内容がない。ww
p.242 鬼畜米英歌謡 – 古賀政男に山田耕筰。ここまで読んでくると、軽く「戦犯音楽家」といえない…。検閲がかかっていても後半は精神論になるのも…(しかも米英の物量を認めている!)
p.254 頭の中から「自由主義」「個人主義」が落ちているのがなんとも。

ここらで「枢軸国」って英語で何か気になり調べると「the Axis」。だから軸なのね。「連合国」は「the Allies」(アライ)。

p.267 ここまで何度も出てきたドーリットル空襲。1942年4月18日に本土空襲が行われた。太平洋戦争開戦からそんな早い時期に空襲を受けていたのか。

p.267-272 1942年前半ということもあって敵をからかう余裕があり、漫画も雑で、筆者のコメントも苦労しているw アンパンマンとかレンゲツツジの蜜の毒とか。おかしいけど。
p.268 わかってきたのだけど「アサヒグラフ」は22ページが漫画コーナーで、そこにいくつかの漫画(カット?)が掲載されていて、それを筆者はバラしているのだな。
p.273 荒城季夫「宣伝戦と漫画」。「今こそすべての漫画家は、思想戦士として」とか、現代のフィクションに出てきそうな発言。
p.285 「「足らぬ足らぬ」は工夫が足らぬ」「欲しがりません勝つまでは」は朝日新聞公募の標語で、作者の住所、氏名まで掲載されてる。
p.289 ブリヴェットって何? と思ったら、あぁ、あの不可能な立体か。
p.291 「女尊男卑は米国式」とかもうどうしていいやら…。
p.306 敵を下げる漫画なのに、つい摩天楼を描いてしまうあたりがなぁ…。
p.309 『主婦之友』… 「戦争末期には、米英への敵愾心を丸出しにした異様な雑誌となった」p.444とか「アメリカ人をぶち殺せ!」だもんなあ
p.311 戦争後期に突入。(敵の)指導者の描写に苦心が見られつつある様子ってのがなんとも…。でもそこで言及された「第5次元の探求」(p.354)は意外と好きです :-)
p.318 「流石似顔絵漫画の名手と言われる近藤日出造の手腕と言える」
p.319 「加藤悦郎による、プロレタリア漫画の流れを汲んだ陰影の強い顔が特徴的」
p.320 横山隆一も国策に抗えず… p.331 勇ましい鉄人
p.327 – 330 石川進介が連続する。特に意味はない?
p.332 「アメリカの癌 黒人問題の台頭」ほぼ現代でも通りそうな批判。日本が植民地を下に見ているのと同じようなものだが。
p.341 イタリアが敗戦国でないことを知ったときは驚きましたが、当時は誰もが知ることだったんだな。バドリオは枢軸国側で裏切り者の代名詞と。
p.342 この本の中でもっとも現代のイラストっぽい。田内正男。「作者は後に少女漫画家となる野呂新平の本名」
p.354 「第5次元の探求」筆者はナンセンスと言うけど意外と面白いけど。「2+3=80」という東條英機の発言があったらしい。
p.357 – 戦争末期突入。
p.358 – p.359 両側近藤日出造。うまい。
p.362 – むしろかっこいい。
p.368 – 「撃て!この鬼畜!」開戦当初の余裕から遠く隔たった記事。
p.393 – 音楽評論家の丸山鉄雄とミュージシャン和田肇の会話。好きなものを貶す必要があり苦しいよね…。途中の「さういふ意味で、和田肇なる者、奮闘努力、日本的音楽を確立すべきだね。」が、いかにも理屈っぽい音楽評論家が言いそうな口調で可笑しい。
p.404 – 「産業戦士」という言葉。p.406にも。
p.408 – 銭形平次の野村胡堂はレコードコレクターだったのか!米英だけが駄目で、ドイツはいいとか、苦しいなぁ。そんな人が一度好きになったものを捨てるわけ無いじゃん…と思うがな。
p.416 – 「主婦之友」渾身の罵倒。辟易する。
p.438 – ここまで来ると残っている雑誌もわずかなのだろうけど、そんな中で「鶯の巻」はほっとしました。
p.441 – 1944年12月の段階で、連合国軍の言い分がここまで国民に流されていることに驚く。これ検閲OKなの?

読了。先にp.445以降は読んでいたので、「主婦之友」の文章が締めになりましたが、15ページ+3ページに及ぶぶ罵倒と悪趣味な表現にぐったり。鬼畜米英にふさわしいラストでした。

タイポ
p.169 注2と注3の登場順が逆。
p.257, p260 「1942年5月1日」は「1942年5月号」と思う。多分。 ★メモ p.356までチェック
p.311 「第五次元の探求」-> 「第5次元の探求」
p.416 右段1行目「本土」だけフォントが違う。なんで?
p.418 その掛け声を開け。-> 聞け。
p.456 明治三十年 -> 明治30年
p.473 1947年12月1日 -> 12月10日 (マレー沖海戦)

「鬼畜米英漫画年表」と「日米英関係史年表」は一緒でも良かったのでは? 少なくとも私は2つを時系列に交互に読みました。

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