夏物語 – 反出生主義へのカウンター

投稿日: カテゴリー

夏物語 / 川上未映子 / 文藝春秋 / 1800円+税
装画: 村瀬恭子 「Ribbon」(2002) / 装幀: 大久保明子
2019年

第一部は「乳と卵」の長編化。第二部はその8年後。夏子は作家デビューしている。恋人はおらず、子どもを持たないことに違和感を感じ、精子バンクを調べ、精子提供で生まれた人の話を聞きに行く。

ギリギリに研ぎ澄まされつつも饒舌な短編からの展開。それは自然な流れながら驚きのテーマでした。

その前に個々人のストーリーやセリフが圧倒的に上手い。編集者の仙川涼子の口説きや精子提供でなく執筆をと迫るシーン、遊佐リカの長尺な主張、逢沢さんとの細やかで正直なやりとり、巻子や緑子との会話、旦那がうつ病で溝の口に引っ越し、やっぱり駄目で和歌山に戻る紺野さん、恩田のすさまじい気持ち悪さ等々。読んでいてリアルさに惚れ惚れします。
多くを占める夏子の語りも、ブレ幅が大きいのに正直で、雑な夕飯や、ビーズクッションで動かなくなるシーン等々、これ、人生駄目なときに読んだら立ち直れないんじゃないかな。
そしてストーリーも上手い。特に後半のドラマカーブの見事さよ。いいように翻弄されました。

善百合子の反出生主義のくだりと決着の付け方が良かった。過去の生い立ちから自分の人生を肯定できない善百合子だからこその反出生主義。それを明確にした上で夏子は間違いを選びます。作者の主張も同じなのでしょうね。

過去の港町の再訪と、大阪まで追ってきた逢沢さんとの観覧車、ボイジャーの話も印象的でした。夏子の気持ちの転換がはっきりわかる幸せなパートです。

精子提供が60年以上前から行われていた事実に驚きました。背景に世継ぎの男子が無精子症とは公言できないというシナリオがあり、裕福な家系と繋がりがありそうな慶應義塾大学がメインという所に色々闇を感じます。医学生の小遣い稼ぎ、エリート精子なんていい始めたのは最近のことなのですね。

NHK クローズアップ現代 広がるSNS精子提供 作家・川上未映子さん 放送後未公開トーク

精子提供を受けた子どもに限らず、親を知らない子どもの喪失感は、肌でわからないですね…。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です