Sci-Fire 2023

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Sci-Fire 2023 特集 人間以外
責任編集者: 甘木零
表紙絵: Sei-Chan (仁科星) / 表紙デザイン: 太田知也
1500円

坂永雄一「色彩の街」

巡礼の美術僧の師弟は、旅先の街角で地球の大きさを測った古えの賢人の物語を説く。しかし先達の師は疑問があり、旅にも別の目的があった。
特集「人間以外」の一発目は著者お得意(?)の無脊椎動物。『宇宙の孤児』みたいな設定もキャラの新奇さとそのしっかりした実装で魅力的な世界になっています。

名倉編「小説について(風船男の場合)」

宇宙連合に加盟して23年経過しても地球の小説は変わらなかった。失望したぼくは風船男として異文化間に小説の「よさ」を橋渡しする翻訳家になる。
地球とは環境が根本的に異なるために「伏線」が理解できない生物や、時間軸が違いすぎる世界間での読書方法など、小説の概念や構造の根源的な破壊を提示します。地球の小説へのこだわりから卒業しているようでいてしていないさまに、主人公の決して幸せでない、孤独や寂寥を感じました。

溝渕久美子「鴨川のヌートリア」

鴨川のオオサンショウウオは、次の満月の夜、天狗に頼んで大水を出し、町を滅ぼすことをヌートリアに告げる。ヌートリアは自分をぬーちゃんと呼ぶ女性にこれを伝えようとする。
すっとぼけた楽しい話で読み心地が良く、読後感も爽やか。ヌートリアって伝説の生き物かと思ってたら実在し、最初のページの紹介は史実なんですね、全く知りませんでした。それにしても京都の作家は鴨川愛が深いな。

高木ケイ「愛は群島」

「私は今、あなたに向けて手紙を書いています。」で始まる物語は早い段階でアンドロイドの一人称と分かり、自身の秘密、解き明かした秘密、その先の真実へと紡がれていきます。「進化し損ねた猿たち」同様、新しいビジョンが立ち昇る独特の酩酊感があります。

榛見あきる「冬は虫になり夏は永遠になる」

生体モジュールで構成された作業筐体が、いつものように掘り出した不死の霊薬を届けると、最後の人間は病に伏しており、最後の願いを告げられる。
周囲の系が崩壊し存在意義を失っても、作業筐体は自身の生態系を維持する責務があるのでしょうね、最後の人間を看取ったように。どことなく、乙一の某短編を思い出しました。

揚羽はな「蛙化現象」

朝、目覚めたらカエルになっていた男。一緒にカエルになったはずの妻は、いつの間にか人間に戻っている。蛙化が社会問題化し、蛙駆除業者が家に来る日、男は脱出を試みる。
妻が人間に戻れたり、最後にかすかな微笑みを見せたり、草原にいたりと、不思議で意味不明なことばかり起きますが、そんな世界の話なんでしょう。

人間六度「もえさかるスパム女子 Puppy」

新太が Puppy 24歳Fカップのスパムに返信すると、Puppy は AI技術の産物で、自分をスパマーに仕立てた人間に復讐したいと言う。新太は Puppy を救い出す。
長編になりそうな展開を立て続けに突っ込んできます。最後は9000年コールドスリープした末の純愛ハッピーエンドと思いたい。

藍銅ツバメ「推しの声の怪」

推しの声が実体化したマックロクロスケと生活する私。声が推しに近づいたところを殴ったら消えてしまった。
声の実体化ってアイデアがいいし、うまく展開してます。最後に「虚しい」と、勝手がいいところも面白い。「蓑虫の鳴き声、蚕の羽ばたき」や、この前のイカもよかった藍銅ツバメは漫画も描けるんだな…。

吉羽善「怪物権の人びと」

人間の姿に違和感を覚え、自分の納得のいく姿の異形に体を変えようとする人々が住む「怪物圏」を、ユキハルは友人の鹿嶋に会うため訪れる。鹿嶋は怪物の適合手術を受けていた。
自認する性の問題を一つ押し進めた形。ユキハルは「普通」の人間でも、怪物でもないことを再認識して、改めて自分らしさを掴み直します。
ところでタイトルは「怪物権」なのかなぁ…。「人権の人」とは言わないから「怪物圏の人びと」じゃないかなぁ…。

仁科星「消えゆく羽のひとひらに」

結婚式の二次会で野中は楢崎に「小四以来だね」と声をかけられる。二人は当時クラスで飼っていた白い鳥を逃がしたことを思い出すが、そのときの詳細を思い出せない。
白い羽で埋まった河川敷と降ってくるひとひらの羽の対比がいいですね。野中も楢崎も、この大きな事件を忘れてしまうことに違和感を覚えるのだけど、逆に忘れてしまった反動から、神事に強烈な嫌悪感を覚えるのかなとも。ソ連と併合した北海道や、大事な記憶を失くすあたりに「雲のむこう、約束の場所」を思いました。

鵜川龍史「唸れ、マン=ゴーシュ」

美術部員の井垣の左手に「人星人」マン=ゴーシュが住み着く。人星人は代償として情報を与えてくれるが、井垣は描きかけの絵の共作を持ちかける。幸福度の高い彼女らに、他の人星人も移住しようとする。
映像化したら最後の血の跡を残しながら集合する51個の左手とその最後が気持ち悪くて盛り上がりそう。上野の博物館で美術に目覚めるエピソードがいいですね。

中野伶理「冬虫夏草の言祝ぎ」

ぼくは暴力を振るう父の脳や身体を占拠した「偽父」との幸せな共同生活を始める。しかし偽父の占拠にはタイムリミットがあり、出ていけばまた元の父親が戻ってくる。
ディックの某短編の現代版。子どもが家庭内暴力や金銭的困窮に悩む図は耐えられないので、こうした優しいストーリーは買います。

谷田貝和男「詩を読む少年」

「文学的感受性」を持つものだけが人間として扱われる世界、バロメーターは「詩」。図書館でサトルは、検査に不合格で「人間以外」のタキに科学解説書や数学の本を教えてもらう。
現在の理系重視の逆張り。オチはまぁ実際こうなるよな…。ただ発想は面白いけど理系重視でなければナノマシンも手術もないのでそこはちょっと苦しいか。

河野咲子「骨と生活」

朝起きると骸骨がホットケーキを焼いている。たずねるとわたしの遠くない未来の白骨らしい。その日から二人の生活が始まるが、友人のハナちゃんが白骨のマシロさんに興味を持つ。
なんともすっとぼけた話が無茶苦茶面白い。マシロさんの写真に自分のレントゲン写真を見られているよう面映い、なんて発想どこから出てくるんだ。ハナちゃんの造形もいい。これは傑作。

常森裕介「テセウスの人」

その日のカジは、まだカジだった。夏休みにピアス、金髪、青い瞳と日を追うごとに変わるカジ。11才のときからカジは、自分が変化しないことに大きな焦りと不安を感じていた。以来、自分の全てのパーツを置き換えようとしている。カジを構成するすべてのパーツが置き換わっったらそれはカジなのか。置き換えられたパーツで組み上げたものはカジなのか? エリは夏休み中にカジに追いつきたい? 最後の意味は分からない。

甘木零「胸の鼓動は星のまたたき」

アナコンダが逃げ出した日、五年生の私はミサキちゃんと一緒に下校する。市営団地のお母さんと二人暮らしという事になっている部屋に一人。ブレイカーが落ちるので充電器以外の電気製品はない部屋に。
自由なようでいて実態はベッドに縛り付けられている私は、檻の中のヘビと変わらない。病室に寝袋で寝るなど、すべてを娘に捧げる母親の様子に泣きます。

櫻木みわ「夜の訪問者」

近所に越してきた人が、演劇祭に行くから三日間、厨三を預かってほしいと言ってくる。厨三はバケツに入っていて形状が変わるがそのときは綿菓子状でもの凄いスピードで動いていてうれしそう。
親戚の子どもでもいいところが厨三になると何ともSF。無駄な固有名詞がたっぷり出てくるのにちっとも邪魔じゃないのは何故? 上手いから? 読み味もとても良い。

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