文字渦 / 円城塔 / 新潮社 / 1800円+税
書 華雪 / 装幀 新潮社装幀室
2018
生物の「文字」が主役の短編集。生物なので進化したり、化石で発見されたり、光ったり、戦ったり、移動したり、冥王星の軌道上にいたりします。
メタフィクションやの 思考実験 ような文章と、キャラ立ちした登場人物のかっこいいセリフや超おバカななネタが混在し、軽やかでバラエティ豊かな作品。すべてを理解したとは言えませんが、それでも最初から最後までワクワクする楽しい読書でした。
文字渦
始皇帝の時代、陶工の俑は真人の像を作るよう<エイ>に命じられる。モデルとなりながら俑の目の前で姿を変える<エイ>。
この変化のシーンをどう伝えればよいのか。書いた円城塔も見事なら、編集した新潮社も、字を作ったDNPメディア・アートも、印刷した大日本印刷も素晴らしい仕事をしています。
そして、自分の国で使っていた、意味を持つ漢字に対し、記号的な秦の漢字に不満を持つ俑とそれに応じる<エイ>とのやり取りが、大量の意味不明の漢字の秘密や、捉えどころのない<エイ>の姿と関係します。
緑字
冥王星軌道上に浮かぶ漢字はお大きさと位置を指定されて印字されたもの。星のように自身で光を放つ文字がエディタのシンタックスハイライトと絡められ、バイナリファイルの中の文字列データは生物の群れ、あるいは大海に浮かぶ島々に擬えられます。
SF好きは冒頭の段落で死ぬはず。私は「門」が入れ子になった字をスターゲートと読みました。
闘字
「闘蟋」のように「闘字」。康煕字典を使ったお遊びが闘字の始まりで最終的には文字通り硯の上で闘わせます。
「持ってるね」と話しかける老婆や、石の「面白い人だ」の台詞がかっこいい上に、手合わせのシーンも、おぉとなりました。
梅枝
高校時代に1年先輩だった境部さんと主人公。彼女は電子書籍端末が行き着いた先の新しい紙の上でのレイアウトソフトを作成した人物。表示サイズに応じて文字サイズが変わるだけでなく、文字が周囲の文字のに応じて自動で変化していくという。今は筆を使ったプリンター、しかも悲しい場面では筆が乱れる機会を作っている。
「本の雑誌」での連載「書籍化までχ光年」で何度か述べていた電子書籍に対する不満をそのまま発展させたような話。境部さんはアニメで映えそう。
新字
第五回遣唐使の副使境部石積の目的は唐の日本侵攻を抑えること。様々な言語に長けた境部は阿羅本から楔形文字を滅ぼした阿語について聞かされる。
と、これだけの準備から驚くべき奇策(と言っても納得の)が披露され驚きます。
微字
「本層学は、本の層を掘り返し、ということは、頁をめくって歴史を読み解いていく学問」。その中には示準化石としての「木」「月」「日」がある、と。そして地球が冷えてから最初の文字が生まれ、繁栄し、進化していく様子が語られます。
種字
三葉結び目の起筆も収筆もないシンボルと、電子書籍端末が行き着いた先の新しい紙で使用されるブラシ。「五筆和尚」とは空海のことらしいのですが、その五面に描く様子から展開された話なのでしょうか。今ひとつ分からず。悔しい。
誤字
Unicode制定時のドタバタを領土の争いにした作品。ここにルビまで参戦して驚愕させてくれます。ただひたすらに凄い作品。
余談ですが、日本は文字コード先進国だったんだから政治さえ上手ければ全文字を2バイト内に収められたのに、国内で意見を統一できずにモタモタしてたら先を越されたらしいので悲しい話です。
天書
王羲之と師の符を巡る話。XOR や大笑いネタ(気づいた!!)が仕掛けてあって何なんだという話も、最後に目を大きく開く理由がわからず寂しい。
金字
経文の中に潜んだ文字が、転生後に記憶と使命を思い出す話。難しい。
幻字
境部さんと僕のワクワク事件。なんかもういろいろ超絶技巧に炸裂してます。老婆は漢字からしてシャム双生児かなと思いました。
かな
歌詠みの話に「かな」の見た目のやわらかさが絡みます。屏風に入り込んだシーンが好きです。あとさらりと全編を通じた謎が最後に明かされる所。見ればカバーに様々な書体で「阿」が書かれていますね。
参照
新潮社のサイトに書を担当した華雪さんの「うつろう文字」があります。詳しい人は滅茶苦茶楽しいんだろうなぁと羨ましいです。「そして歴史書を辿りながら、ほんのすこしだけ史実と異なる点を見つける。」とか。
https://www.shinchosha.co.jp/book/331162/
円城塔のインタビューと、文字を作成したチームのインタビューがこちら。文字の観点から非常に面白い文章なのですが、うーん、この本全体からくる軽やかさ、華やかさ、SFらしさが欠けているのは残念。そこらは大森望や鏡明が語っているのでしょう。
https://type.center/articles/11944
https://type.center/articles/12426
ところて新井紀子が「山月記」を取り上げた流れで、中島敦に「文字禍」という作品があることを知りました。慌てて読んだら、あら、既読…。
文字が、意味の無い一つ一つの線の交錯としか見えなくなったり、文字で圧死したりとこちらも改めて面白いですね。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/622_14497.html