本の雑誌 2017年3月号 – 『サピエンス全史』『生物はなぜ誕生したのか』で次の新説への準備を

本の雑誌 2017年3月号 (No.405) / 本の雑誌社 / 667円 + 税
表紙デザイン 和田誠 / 表紙イラスト 沢野ひとし

「本棚が見たい」はかもめブックス/鷗来堂の登場。棚より栁下恭平のインパクトの方が大きいです。この妙な威圧感から「校閲」を浮かべるのは難しい。

特集は「読書スランプ脱出法!」。スランプの原因として心理的なものと、老眼や体力の衰えから来る物理的なものの双方が取り上げてあります。
前者に対しては私も北上次郎と同じ意見で、読めないんだったら放っておけばいいじゃん、そのうち読みたくなるよ派です。別に本なんか読まなくっても死にません。実際、私の知り合いにこれまで読んだ本は「坊っちゃん」と「足寄より」の2冊だけという人間がいます。
一方後者は切実な問題で、大森望のコーリイ・フォードを茶化した文章とまったく同じ状況です。どんどん字は小さくなるし、印刷は薄くなるし。本の雑誌の1号~10号の復刊本なんて恐ろしく小さい字でびっちりつまっているのだけど果たして読めるのだろうか、あれ…。
そんな「読む」スランプがほとんどの中、ただ一人、中野善夫は「買う」スランプ。自分に与えられた役目をよく分かっています。しかも最後に中島敦の「名人伝」を持ってきて大笑いさせる技まで披露。本特集で一番おもしろかったです。最近続けて彼に原稿依頼があるところを見ると編集部も同じなのでしょう。

宮田珠己の新連載は「たのしい47都道府県正直観光案内」。奈良県は「かさかさ」、大分県は「魔境」。いいなぁ。じゃぁ宮崎県はなんだと思ったら「コ」。これもいいなぁ。

http://www.webdoku.jp/column/miyata47/2016/0516_100901.html

新刊では『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』。本そのものよりも「ホームズと同じ時代に誕生した女性探偵小説を紹介するシリーズ”シャーロック・ホームズの姉妹たち”」が成り立つほどに当時、現代風の小説があったことに驚きました。そして2014年のカリフォルニアで解体予定の家から見つかる1945年刊行の本や訂正入りの原稿の謎を追う『青鉛筆の女』。書き写しているだけでゾクゾクする筋立てです。

雑誌「映画横丁」は「本の雑誌」2016年9月号で月永編集長みずからがこのvol.3を題材に語っています。原カントくんは知らなくても編集部はチェックすべきところ。

西村賢太は編集者の名前を挙げて批判。近著『芝公園六角堂跡』のカバーが気にいらないらしい。年末の慌ただしい中、お互いのミスコミュニケーションが問題の気もしますが、これまでの卑下した自分語りから一転した強い口調に所謂「小説家」を見た気がします。既に手打ちしたようですが。他にも編集者のデリヘリ話を披露したり、校了前に徹夜しない編集者を批判したり。ますます好きになりました。

「着せ替えの手帖」は杉江のスーツ選びが佳境。かわいらしさよりもカッコよさを選択したお客様に対する鴨田さんのつぶやきや仕草にぐっと来ます。内澤旬子うまいわ。

服部文祥は『サピエンス全史』。サピエンスが「言葉」以上の「物語」を手に入れたことが飛躍のきっかけというのが面白い。そのスピードは革命的で他の動物はもちろん、サピエンス自身も追随できず、地球を破壊しまくる。服部のたとえ「私も昨日、鹿を撃ってきた。鹿の生態は猟銃にまったく対応しきれていない。」に笑ってはいけないけど笑いました。
そして円城塔は『生物はなぜ誕生したのか』。ただし邦題は営業戦略上仕方のないこととは言え、「読者のことを馬鹿にしている上に誠実さを欠いている。」と珍しく厳しい。その内容は最新の地球全史。海底の熱水噴出孔や大気中の酸素濃度や火星!

青山南はアメリカとメキシコとの国境にもう壁はあるよと、『ボーダー・カントス』の紹介。写真家ミズラックと作曲家ガリンドのしなやかな対応がトランプとの対比を明確にします。

矢部潤子はスペンサー32作目「冷たい銃声」の紹介。マンネリシリーズの中でもはっきり記憶に残っている、ホークが自分を取り戻す作品。男前です。

 

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