パノラマ島奇談 / 江戸川乱歩 / 角川文庫 / 620円 / 1974年
カバー 高橋葉介
「パノラマ島奇談」
その日暮らしの物書きをしながらユートピアの創造を夢想する人見広介は自分に瓜二つの富豪菰田源三郎が癲癇で死んだことを知り、船から身投げした風を装った上で、菰田家の墓地に忍び入り、墓から死人が生き返ってきたかの芝居を打つ。源三郎に成り代わって意識と記憶を取り戻すふりをするや以前からの夢であるユートピア、パノラマ国の建築を開始する。周囲が人見に従う中、ただ源三郎の妻、千代子だけは正体に疑いを持ち、それに気づいた人見は千代子をパノラマ国に連れ出す。
全体の3分の1近くをパノラマ島の様子に費やす乱歩の妄想&暴走に圧倒されます。さすがにディズニーランドやユニバーサルスタジオが存在する現代では描かれるパノラマも退屈で凡庸ですが、当時であればこの文章にときめく少年は(青年も?)多かったことでしょう。しかも健全な前述アトラクションでは不可能な、全裸肉欲部分は異彩際立っていて、特にヌチャヌチャした感じはよく描けています。
それに比べて前段や周囲の話は至って平凡。千代子がどこで気づくか、気づいたかが一つのポイントと思いますが、あっさりしたものです。
「盲獣」
按摩師の盲の男は地下の照明のない部屋を女性の体の彫刻で埋めて触欲を満たしていたが、それにも飽き生身の女性を求める。レビューの人気者 水木蘭子を誘拐し、これを地下に閉じ込め、情痴を極める。SMプレイの果てに蘭子を殺すや、死体は帝都にばら撒き、次のターゲットを探す。
そして、そのヌチャヌチャ感を更に押し進めたのがこの作品。現代にも通用するエログロなテーマを小学生の作文のような素朴なタッチで描くものだから、奇妙な読み心地です。ただ盲獣が手触りで彫刻を鑑賞する冒頭と、形見の彫刻を他の盲人がさわりに来るラストの「触覚芸術」鑑賞風景は異世界の風景でよくこんな発想があったな、と。蝋燭の火で執筆するそうですが、それもあったのでしょうか。この感じで全編通せればよかったのですが。
「偉大なる夢」
陸軍は五十嵐博士設計による新型飛行機の開発に着手した。ルーズベルト大統領は日本国内にいるスパイを利用して、この計画を阻止しようとする。五十嵐博士は息子の新一や他の博士らと共に長野県の山奥で研究を進めるが、月夜の番に刺され、病室で毒殺される。
乱歩は冒険小説も書いてたのかと驚きの作品。タイトルの「偉大なる夢」とは完成し米国本土爆撃に飛び立つ新型飛行機のこと。
研究チームの中に紛れたスパイは誰か? が話の中心となりますが、英米の冒険小説と違い人種の壁が大きいな、と。中国人や朝鮮人のスパイならともかく、アメリカ人のスパイとなると、山奥ではいきなり目立ってしまい、話が成り立ちませんからね。そこで乱歩は親子4代にわたる日本社会への浸透を持ち出します。この手の小説では大風呂敷も必要でしょうが、残念、これは説得力に欠けました。