理由

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理由 (新潮文庫)
理由 / 宮部みゆき / 新潮文庫 / 900円 (857円) 人に借りた
カバー写真 大高隆 / デザイン 新潮社装幀室

荒川の「ヴァンダール千住北ニューシティ」で一家惨殺事件が発生する。部屋には中年夫婦と高齢の女性、部屋の下にはベランダから落下した若い男。そして、現場から立ち去った男が目撃される。関係者の証言を時系列に追いながら、事件の真相を紐解いていく。
事件そのものよりも現代の家族と、その容れ物である「家」がテーマ。被害者である小糸家、買受人の石田家、赤ん坊を抱えた綾子を抱える宝井家、占有屋の砂川家、旅館の片倉家等々。そして、ヴァンダール千住北ニューシティ、2025号室、片倉ハウス、宝食堂、あすか園等々。そこに横たわっていた様々な家族の問題を、一つの事件と並行に浮かび上がらせていく。それはたとえば石田直澄の告白の一方では、嫁と姑がギョーザの皮を巡って大喧嘩をしていたり、また、擬似家族の中に自分の居場所を見つけてしまった、そして今も探している小糸孝弘。家を汚さないように住む家族。あるいはヴァンダール千住北ニューシティの、名簿を警察に提出しないという家族間の希薄さ、等々。こうした家族のあらゆる面を徹底的に否定した人間が犯人であるという事実。その動機こそが、この本のタイトル「理由」。皮肉なのは事件全体にわずかながらの希望を与えているのも、この犯人の家族であることでしょうか。

圧倒的なストーリーテリングで、読みはじめから一気に最後までページを繰らせるのはさすが。事件の表層を覆う部分を丁寧に丁寧に描写しながら、一枚一枚剥いでいく過程が素晴らしく、神の視点と、後追いによるドキュメンタリー番組風のインタビューは「藪の中」同様の効果を狙い、人と人との関係に多面的な解釈を持ち込みます。そうした作戦は、たとえば小糸静子、貴子、孝弘それぞれの描写から見せる小糸信治の姿など概ね成功しています。
ただし残念ながらこれが殺された四人の人間達、特に八代祐司に対して用いられなかった、用いられてはいるものも量的、質的に不足で、彼の内面や、タイトルにもなっている「理由」が浮かび上がってこないのが大いに不満。綾子に見せた表情と異なる面が事件と直結したはずなのに、その面がまったく描かれない、またラストで葛西美枝子の台詞や地の分で若干の解釈の余地を残しますが、これで殺害に至った動機を分かれ、というのは少し無理ではないでしょうか。
また描写の端々や占有屋など説明過多の部分も気になりました。これはこの本のスタイルというより、初出が朝日新聞社だからかな?

追記(2006/9/16) 元々が朝日新聞の連載小説だったことを知る。すべて氷解。

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