Sci-Fire 2024 特集 海
責任編集者: 甘木零
表紙イラスト: せい / 表紙デザイン: 太田知也
テーマが良かったのでしょうね、ページが大幅に増えた「ゲンロン大森望SF創作講座」メンバー中心のSF文芸誌。特集は「海」。
関元聡、草野原々、中野伶理は世界観とストーリーがマッチしていて良かった。ファン・モガは背景の厳しい島の世界観が滲み出た。河野咲子は相変わらずバカ過ぎるのにディテールが良くて最高。
第一部・科幻の海
関元聡「竜宮と無限の女王」
ブドウ農家に生まれたヨシュアは宇宙飛行士に憧れていた。異教徒との戦争で兵役についた彼は、ある日、見知らぬ世界で崖を下っている、助けたカメと一緒に。カメは崖の下の城に帰らなければならないという。
短編なのに悠久の時間と空間を感じさせる素晴らしい作品。正直話しは正確に分からないけど、描かれるイメージに凄いものを読んでいるな、と。うまいなぁ。
難波行「ウニについての対話」
人類ははるか彼方からのメッセージ “ウニについて話をさせてほしい” を受け取る。続けて”海にいるトゲトゲの、ウニの話をさせてほしい” と。人類と生命設計者との対話が始まる。
終始和やかな会話で、天地創造種の神なのか、という問いに一介のサラリーマンですと答えてくるのがおかしい。冒頭の名乗りや話の動機や最後のどうしようもない解決策(?)も控えめで脱力する。
榛見あきる「産鉄のハイヌウェレ」
犯罪捜査局のサビルは、革命時に銃器ロッカーから奪われた6000丁の『革命の銃』を探して、船舶解撤業者の作業場を訪問している。従業員のイクバルが現場にサビルを案内する。そこでは労働アシスト用のメカニカルスーツ「ゴリラマシン」が稼働していた。
かっこいいのはやっぱり『敵』。”夜の闘い” にかこけつけて個人的な『革命』を実行しようとするイクバルを手の中で囲っていました、お釈迦様のように。サビルも今回は銃弾無しで正義とを貫けた形。
倉田タカシ「息継ぎが跳躍になること」
外惑星探査計画の中でわたしはイルカのサンセットとともに、分離主義者と競い合いながら、ガニメデで生命を探している。わたしたちが生命を発見した後、分離主義者が交渉を持ちかけてくる。
これもうまいなぁ。かなり無理目の話を説得力もって展開します。イルカの息継ぎが確固たる意志をもって行われる生の継続と強調している点から、地球から出る「跳躍」が間違いだと言いたいのかな。
草野原々「蒼鉛色の海と電波塔」
ワープ中の事故で緊急脱出挺で放り出されたわたしは、重金属でイオンの雲に覆われながらも電波を発信する惑星メタリカに着陸する。そこには金属イオン色の葉を持つ植物や、ピンホールカメラを取り込んだ眼球状の植物、それを食べる背中にアンテナを生やした動物メガスクレロスがいた。巨大な「電波塔」があり、電波はそこから出ていた。
メタリカの動植物、自然、海の描写が素晴らしいし、独特の生殖システムと生き残り策にまとめたエンディングもうまい。ゆるゆるな一人称と、物理や化学の小ネタが小気味よく投入されるのも心地いい。
鵜川龍史「響きと骸」
海がゲル状化し、人類が去った地球は、アンドロイドたちによって疑似生活が営まれていた。東京を受け持つカイロスは、完全に管理した環境下での自殺事件を調査する。リオの担当者ムーサはアンドロイドらと共に海に消える際、カイロスに海の響きを体感させる。残されたカイロスは響きを解析する。
東アジアと南米のわかりやすい対比の先に、ゲル状の海の機能的な意味を置き、自然にアイデアを展開します。市骸区が全部海に面しているのは入力レベルが高いのと、出力を感知しやすいからとなると、誰が49箇所の市骸区を設定したのだろう?
名倉編「アロマンティック・マーメイド」
人魚のアリエンは漂流中の少年、陸と出会い、学問や自分たちに興味を持つ。人間の姿になったアリエンは学校に通い、10年後、潜水調査船で元の住処に戻り、王様に頼んで、自分たちの起源を記した「珊瑚図書館」にアクセスする。
関西弁での人魚を巡る思考実験が楽しい作品。人魚の正体や目的も面白い。童話では扱いの軽い「魔法」を正面から取り上げるのは「十分に高度な科学技術は、魔法と区別できない」を受けてかな。
揚羽はな「デボンブルーの海」
ハルくんはアキが8歳のころからの幼馴染で、いつもアキを笑顔にしてくれる。夏休み、海に行きたいアキにハルくんはテーマパーク『タイムコースト・アドベンチャー』へ誘い、石炭紀の林やデボン紀の海を見せてくれる。
ふんわりした、読みながらニコニコしてしまう作品。いいなぁ。ハルくんはもっといろんなことを知っているだろうに、何故、ハルくんがあまり興味を見せないであろう古代生物の進化をアキに見せるのかは謎。アキの理想の男の子像が、頭のいい男の子だからかな。
谷田貝和男「ALONE」
深海の研究所DSIのただ一人の居住者イレブンは、他の人間を作ろうとするが部品が足らず、ロボットに案内され、視聴覚室に行く。そこで映し出される映像には海底の岩のような生物が多数並んでいる。部屋の奥にはイレブンと同じ顔をした作りかけのロボットが複数あった。
地上に住めなくなった人間の取った手段が原点回帰というか何と言うか。命って何、生きるって何とか考えてしまいます。試作機11号が無限に続いているからずっとイレブンと思っていたのに、次はトゥエルブなのね。DSIの便宜上での呼び名かな。
常森裕介「はじまりの一粒」
ガラスで覆われた国に住むワフドは、隣国からの金属球の攻撃から逃れるため海中のシェルターに向かう。そこで出会ったカミルから小さな瓶の中の水色の球「はじまりの一粒」を見せられる。
はじまりの一粒を信じるマッテオは家族と、かつて小さな海だったクレーター・アルハラムを訪れている。
2つの世界に有機的なつながりが読み取れずもやもやとしてます。「はじまりの一粒」の最後と最初の話かと思うけど、金属球に今ひとつしっくり来ません。うーん。
崎田和香子「恐妻家・北原准教授は海に向かって叫ぶ」
民俗学の北原准教授は、海で溺れて乙姫に玉手箱を渡されたという美咲に相談を受ける。北原も過去溺れて乙姫に会い夫婦になっていたが、玉手箱は彼女から渡されたもので、甲田千鶴という溺死した女性の幽霊を対峙して欲しいと言う。北原は美咲、根津らと真相を探る。
話のテーマと後半の仕掛けがうまく結びついて驚かされます。非常にかっちりとした印象で、きっと作者は真面目な人なんだろうなと想像します。
常森裕介「ソラリスは、海である」
常森の主張は人間形態主義から逃れるために、ソラリスの海を「未知の生命体」として安易に捉えること自体もやはり人間形態主義の一種で、徹底的に「海」を考察してそこから逃れられる、とかなりアクロバティック。でも個々の考察は面白かった。
レムの『ソラリス』は延々と続く海の描写がつらく、どうにかこうにか読み終えた記憶しかありません。タルコフスキー版は昔観たけど忘れた。ソダーバーグ版は未見。コミック版は読むとそれで考えが固定されそうで嫌だなぁと。
第二部・思いの海
この扉イラストいいね。作者は広木陽一郎。
ファン・モガ/廣岡孝弥(訳)「一度きりの人生」
私は海に飛び込むが、気づけばボロボロの状態で島にいて、祠には一杯の白いご飯がある。翌日、身重の福順が漂着し、娘を生む。祠の机に誰かが死ねば誰かが島を出られるとある。福順は私を殺し、一人島を出る。続けて漂着した男たちの殺傷で、娘も島を出られる。
無意味な輪廻と人生の繰り返しには、元となった済州島の南端の離於島の伝承を生んだ、女性たちの厳しい、終わらない不幸があるのでしょう。文体からハン・ガンっぽさを感じ、ハングルを翻訳する際のタッチの一つかと思ってたら、最後に済州島が出てきて『別れをつ告げない』を思い出しました。
武石勝義「あなたと融け合う日まで」
私は海で死ぬ直前にあなたと目が合った。あなたは救えなかった自分を許せず、今まさに海で自殺しようとしている。私は死んでから海と、水と一体化し、常にあなたを見てきた。
圧倒的な、それこそ広く深く押しつけでない「海」的な愛情を示す私がいます。近しいシチュエーションで家族や友人を失い、最後まで自分を許せない人はいるのだろうなと思いながら読みました。
中野伶理「ラジオメロウの歌姫たち」
アシュリンとキーラのメロウ(人魚)の姉妹は、戦争の被災で難破した船から流れるラジオの楽曲に魅せられ発信元を訪ねる。洋上のラジオ局が被災し、リアムだけが二人に助けられる。彼は二人の歌声をラジオから流す。アシュリンはリアムに惹かれる。
決して幸せになれない結末を漂わせる語り全体がうまいなぁ。魂の火や泡などの要素もストーリーに完全に取り込まれています。説明役の男のメロウ、オウエンもいい。
河野咲子「海の三つ巴」
わたしがアルバイトをしている喫茶店に三つの海、太平洋と大西洋とインド洋が来店した。何か面白い話をしてくれというので、落語の「頭山」の話をする。海たちは共感し、頭に穴を開けて身投げする。
「頭山」自体が不条理だけど、それに輪をかけた何なんだという話。昨年の「骨と生活」同様、面白いなぁ。メインの法螺話もいいけど、ディテールがいいんですよね、「少し」迷って自分の財布を出すとか。大好き。
吉羽善「抜錨、その後」
海の本格的な調査のため、人から鯨に改造した研究員『片手袋』は、定期調査に来るハザマと手鰭で会話する。研究所が閉鎖され、ハザマが来ることもなくなり、『片手袋』は生涯を終えようとしている。
海との融合は、人間社会とのしがらみから逃れたいと望んだ末の結果である意味ハッピーエンド。「あなたと融け合う日まで」のイメージと一部重なります。
猿場つかさ「二人だけの右腕に」
江里沙と円香は海の中で女性を助けた瞬間、フクロウナギの幻影が現れ、気づけば右腕と左腕が入れ替わっていた。研究所の大浦によれば女性はフクロウナギの研究者で、彼女の理論の実証にら江里沙らの協力が必要という。
架空のニューロ・プラズマ理論、巨大なフクロウナギ、翠島の鉱石など硬めの要素の上に百合的な関係を展開した作品。腕が爆ぜ神経が交感されたときの喜びや、その結果入れ替わった腕を愛おしんでいる感がいい。
田場狩「海の幽霊」
いじめられっ子の僕は母に買ってもらった古生代の生物図鑑に出てくる生物が空中を泳ぐのを見て、。長じて家族を持った僕は、ニュースで、図鑑の生物が捏造だったと知る。
藤村新一の旧石器捏造事件を思わせる作品。捏造であっても、そこに救われた人間、希望を見出した人間がいれば救いかもな。僕にサインをする捏造者は純粋に喜んでいたのでは?
甘木零「金の網にかかった魚」
清華は巡査長の父と共にノタウオの伝説があり金漁島に引っ越してくる。清華は久美子に誘われ、神社とその裏の禁じられている廃坑に行く。
やはり清華は廃坑から金の網で、家庭内暴力に苦しむ久美子のつく嘘をノタウオが叶えてくれた並行世界に引き上げられたんでしょう。
花草セレ「砕けた骨じゃ地図にもなれない」
新婚旅行で船底から海の鯨骨生物群集を見た二人は、死んだら海に散骨し地図にすることを誓う。数十年後、男は約束通り死んだ妻を散骨する。
からの逆転劇は某映画みたい。葬式での内面の描写がリアルです。気を使わなくていいのにという言葉が優しい。
仁科星「星詠みのアンダルシア」
13世紀のイベリア半島。ファティマは父からフェルナンデス王子の家庭教師を命じられる。王子は星が現れて半年後に消えた謎を探れと言う。ファティマは海賊を通じて写本を入手し新星の記録を求めるが見つけられない。
学究の探索、理解ある権威者、互いの信頼。こういう話は特に大仰な事件がなくても心ときめきますね。