破滅派 22号「メイク・アゲイン」
破滅派 / 1000円 / 2025年5月の文学フリマにて購入
特集はメイク・アゲイン。「なるべくアメリカの現実に追い越されないことを執筆者達に求めた」方針が良かったのか、すべての作品が超ハイクオリティ。ストーリー性のある物語から個人の内省へ向かう編纂にも流れがあり、後半は一気読みでした。
カバー写真はChatGPTの出力で、本来は右側にトランプがいます(手だけ写っている)。印刷所から拒否されるだろうからと自主トリミングしたそうで。
高橋文樹「白い布の男」(メイク・ジャパン・グレート・アゲイン)
日本企業が支配するアメリカ。マスク配達員のジェイクはNPO組織のナイトリーに強請られ、ユースバイオ社の突入計画に加わることになる。社屋突入後に拉致したシンジローはトカゲだった。
設定とタイトルは『高い城の男』。中身はアベノマスクにプレミア価格がついてたり、正体がトカゲで、ピザ門を抜けてアジトに向かったり、ルビでデパイパナイズドとかヤリマニティとか、1段落に1個は陰謀論ネタと笑いを放り込み、そこに自民党の面々を絡めた、巻き込まれ型主人公のラノベ風サービス満載、スピード感溢れる冒険譚。なんとなく『スノウ・クラッシュ』を感じた。
宇和島歳三「Советский Союз — Сделаем снова великим」(メイク・ソ連・グレート・アゲイン)
セルゲイには片足のない妹アンナがいる。森の中での観光客向けの、古き良き労働者を演じる仕事がなくなり、アンナとともにシベリア鉄道の三等車で同じ仕事に就く。
読書中に感じられる肌触りや質感が紛れもなくソ連。現代小説や冒険小説でお馴染みのあれ。ナノテクノロジーや、今風の資本主義に媚びた仕事はあるけど、行列があって、依怙贔屓があって、警察や雇用主の一存で決まり、ブルジョアと貧民の構図の世界。所々不穏な伏線らしきものを描いて読者を不安感で押しつぶしながら話が進むのもまたソ連。素晴らしい。
タイトルはロシア語で「Soviet Union – Make It Great Again」
Juan.B「メイク・メイク・メイク・アゲイン 〜人類が愛を基調とした文明を築かなかったばかりに〜」(メイク・アゲイン)
至高の存在たる髙井ホアンは日本急進共和主義同盟として、日本国政府転覆への協力をトランプ大統領に要請、これが受け入れられ、ユダヤ主義のダン、六本木のマリオと共に新しい日本民政府を率いる。
本当にGrokで作ったのだろう、いかにもなトランプへの手紙から始まる Juan らしいドタバタな展開が楽しい。ユダヤ系日本人だか日系ユダヤ人だかのダンがいい味出してます。最後は一転、悲娑仁陛下の慈愛あふれる世界。前半との関係はさっぱりわからないけど、妙な納得感あり。
藤城孝輔「アメリカ映画と宇宙人」(メイク・アメリカ・エイリアン・アゲイン)
アメリカ映画が描く宇宙人像に、社会的な不安や流れを見る評論。当初はそのとおりの意図で製作側が利用していた節もあるけど、スピルバーグ以降はエンタメの一要素でしかなくなるのがよくわかります。ただカーペンターには、本気で社会批判しようなんて、ちーっとも思ってないんじゃないかなぁ…。
小ネタ部分も面白い。アメリカはリュミエール兄弟を映画の始祖と認めていないとか(当然エジソン)、すっかり忘れていたクラークの「宇宙の旅」シリーズの魁種族とか。
眞山大知「グレート・リセット」(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)
俺がバイトしているネカフェではイーロン・マスクとトランプ大統領が鍵付き個室220番でオナニーしている。そこにフライドポテトのバター醤油味を届ける俺。スポーツ新聞によるとトランプはホワイトハウスとセックスしてアメリカJr.を作ろうとしているらしい。
無茶苦茶な話を楽しく読みました。なんでこの親からこんなにいい子が生まれるのか、という気はするけど結果オーライでいいか。
ネカフェの妙に詳しい描写がリアル。精液の掃除とか本当にあるのかいな。普通監視カメラがあるんじゃないのか?「うしろの正面カムイさん」って実在するみたい。
大猫「大相撲純日本化計画」(メイク・大相撲・グレート・アゲイン)
純日本人第一主義の圧力から大相撲純日本化計画が発動された世界。六角理事長が外国人力士の追い出しを続けている所に、七海衆議院議員から姪の万里を秘書に押し付けられる。モンゴル出身の横綱、青天狼の説得交渉では、万里が邪魔をする。
作者は確か相撲ファンでそれなりの愛も知識もあっての批判と展開。唸るしかありません。「世界相撲連盟」には、前田日明RINGSの理想を見ました。
今、この小説を読んでいるのが2025年7月21日で「日本人ファースト」が最大の争点だった参議院選挙の翌日。ここまで来るともはやノンフィクションの感もありますな。
河野沢雉「メイク・マイ・ディック・グレート・アゲイン」
長年近所のスーパーに勤める祥太は、留学中の瑞希にフラレてから勃たなくなった。以来、味の素のギョーザとサトウのごはんを食す日々。通院の帰り、別のスーパーで瑞希の目と形の似た店員が、客とトラブルになっているところを助ける。
若年性EDやその周囲をフィーチャーしているけど純粋な失恋小説。昔の彼女に似ている部分をつい探してしまうし、画面越しに見たアメリカ人の彼に嫉妬し続け、灰色の幕がかかる。作者はラストで一瞬、読者に希望の展開を用意しますが、祥太にはまったくそうと映らず、むしろ、無理矢理の平穏を脅かす存在として見ます。リアルすぎて胸が痛い。
諏訪靖彦「超訳古事記」(メイク・タカマノハラ・グレート・アゲイン)
天之尾羽張神の息子、建御雷之男神は、葦原中国を天津神のものにするため、その地を統べる大国主神の所に行き、息子の八重事代主神、建御名方神と会話する。
わずかに知っている事実とも辻褄が合うので、きっとこんな話なんでしょう、古事記。楽しいなぁ。ラノベ風のわかりやすいト書きで、天照大神の無茶苦茶な不機嫌さもメンヘラの一語で片付けてしまいます。
曾根崎十三「がんばれ! パパ! それでも明日はやってくる」(メイク・ファーザー・グレート・アゲイン)
新谷は妻の璃子、5歳の娘の花音、赤ん坊の太一と暮らしている。事故で璃子の足が不自由になってから璃子は新谷に辛く当たり、逆に花音は気丈夫になる。
自分さえ我慢すればいいんだと日々ギリギリの生活をしている新谷と、その卑屈な態度に苛つき、叶わない左足の動きと相まって怒りを抑えられない璃子の様子がリアルすぎて辛い。ラストは軽蔑していた父親と同じ状態になる、しかもそれを新谷自身が意識している残酷さ。花音が不憫すぎる。
我那覇キヨ「世界を変えた物語」(メイク・格ゲー・グレート・アゲイン)
いったんブームが終わったかに見えた格闘ゲームが、現在の「ストリートファイター6」で盛り返すまでを個人的に振り返るエッセイ。
思い出がたりや状況の分析の中に、上からの視線がまったくなく、ウメハラの登場や今の状況をとにかく心から喜んでいる節が感じられるので安心して、気持ちよく読めます。「あの頃のゲームセンター」ってのがいいよね。私とは別世界で足を踏み込んだこともありませんが、でもいいよね。
松尾模糊「闇の中」(メイク・ルーツ・グレート・アゲイン)
Jは階段下の物置きに隠れている所を母親に見つけてもらうのが好きだった。アメリカ人の父が本国に去ると、母は身を持ち崩した末に亡くなり、Jも事件を起こして刑務所に入る。出所後、逃げた父親を探してアメリカに行く。
地の文と会話の区別をつけずラップも含めて生き急ぐJの人生を表しているよう。その負の原動力が父親なのにラストで一気にひっくり返します。日本でアフロヘアで暮らすより、父親と西海岸で幸せに暮らしてほしいと願うがどうか。
高橋文樹 コラム
「第二次トランプ政権の主要な出来事」「覚えておきたい陰謀論キーワード」が忘れていたこと、知らないことの連続で、改めて読むとほんと想像の遥か上を行っていてまったく分かり合える気がしません。しかも嘘を嘘と知って言っている節もあるからどうにもなりません。
「トランプ政策の思想的バックグラウンド」には、どうしても日本を思います。中小企業や農業、漁業、エッセンシャルワーカーの空洞化。それで参議院選だからね。アメリカ笑ってたら、数カ月後にこっちもでしたというオチ。