失われたアレを求めて 破滅派

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失われたアレを求めて ポストコロナ文学ニューノーマル選集 / 破滅派編集部 / 破滅新書02 / 1500円+税

文学フリマ東京で購入しました。副題どおり、各自のコロナ禍の解釈と背景への起き方がポイントですが、各自各様で上手いですね。大猫、一希零、諏訪靖彦、牧野楠葉、古戯都十全が良かったです。

斧田小夜「あなたの楽しい正義のことを」

報道写真家として伸び悩んでいる男が、香港の民主化運動取材中の老人との会話から、ウクライナ騒乱での自分の感情を理解し、今の自分にないものを知る。

手探りで流されるままだったウクライナのパートと、器用にまとまり打算的な香港のパートの対比が、男の成長と限界を感じさせます。ハンバーガーを渡して話しかける老人は、その男の浅さを最初から見透かしているよう。民主化運動を外部から批判する外国人には「文化大革命」という言葉しか知らず終始無関心な日本人に対する作者の苛立ちも含まれているようです。「riot」の訳語としての「動乱」と「暴動」、中国の市民の視点など情報量も多い作品でした。

藤城孝輔「どこまでも月が」

一生アカデミックな雪洞の中だけで暮らせていけたらどんなに幸せだったろう。無常の月はそんな夢想さえ許してくれません。かもめの真意はわからないし、多分に私の一人芝居の感はありますが、返事を期待してLINEしてくる彼女に対する思いやりの欠片もなく、気になるのはスーパーの閉店時間と明日の授業という所に人としての猛烈な小ささを感じました。

大猫「代代無窮 ~失われた中国は求めない~」

90年代初頭の中国の思い出を飄々とした筆致と、細やかな観察眼で振り返った気持ちの良いエッセイ。ナターシャのマトリョーシカとかで大笑いさせつつ、民主化運動やソ連崩壊というコロナ禍に匹敵する社会の変化の上に、オリンピックの再開発で消えてしまう運命の胡同や四合院と住民、残り少ない留学生活への寂寥を重ねます。この副題は希望とも寂しさとも読めます。

曾根崎十三「ソーシャルディスタンス人間」

普通に就職して婚約も決まっていた平凡な人生はコロナ禍で一変し、物理的にも社会的にも孤立してしまう。TVドラマのワンシーンのような状況でもどこか冷めていて分析を続けるだけの私。溢れ出る思考や言葉と、投げやりの生活風景の詳細が小説と分かっていても厳しいです。

谷田七重「鈍行の女神」

コビャータこと小日向は、やらせてくれないユイと別れ、性豪の菊枝と付き合っている。コビャータは叔父さんから「鈍行の女神」の都市伝説を聞く。鈍行電車に乗っていると筆おろししてくれる中年の女性が現れるらしい。コロナ禍の自粛で引きこもっている中、コビャータはそのエピソードを思い出す。

コビャータはクソ野郎なので自分でも気がついていないけど、ユイの匂いから離れられない。そのことも、容姿がユイに劣っていることも十分わかっている菊枝は性技も尽くすしインスタも似せて加工するけど、やっぱりコビャータは見てくれず、アパートの前で泣いていても部屋には入れてもらえない。

Juan.B「空の彼方に小さな夢が」

赤い風船に始まり、赤い風船の一団で終わる「パワフル・メルヘン」。ですが、中身は皇居に催涙ガスならぬ催淫ガスを撒くアイデアや、ディルドーと連動して明滅する都庁舎とか時事の不敬ネタでみっちり。児玉誉士夫のが唐突に出てくるのは岸信介つながりかな。

諏訪真「告白」

信頼できない語り手ということになるのでしょうが、東京から岡山あたりの実家に出戻った理由は明確でないもののどこかコロナ禍を思わせるし、不眠症の兆候はあったので元々が不安定だったのでしょう。記憶も行動も逃げ続けている。

一希零「セカイの終わり。」

これは良かった。冒頭の数ページで予想した倦怠とは真反対の芳醇な恋愛と変化の物語で、怒涛の言葉あふれるエンディングに感動して冒頭に戻ると描かれた描写の見え方も変わります。タイトルから何から村上春樹オマージュで残念ながら私は良い読者でないのですが、それでも良かった。

諏訪靖彦「踊ってばかりの国」

染色体による差別のアイデアと展開が凄すぎるし、冒険小説のフォーマットでしっかり人物、アクションを描くのも素晴らしい。これテーマが対ナチスのパルチザン戦でも十分いけます。がんがんページを捲りました。短編では語りたらないので、コウシン側の視点も含めぎっしり活字の詰まった長編化希望。

(p.222) 駒田健吾は児玉の間違い?

牧野楠葉「精子水族館」

井の中で泳ぐ精子がきらめく横肌を見せたり、死んではらはらと沈んでいったり。超おバカな設定を「降りて行く」の一言でさらりと現世とつなぐ上手さよ。登場人物は全員優しいし、さとるっちのすべてを受け入れる愛情は大きいし、ラストはメチャクチャ幸せな気分になれるし。これも素晴らしい。

松尾模糊「まやかしの世界と祝祭」

壮大なカルト教団の設定と群像劇の断片を切り出したよう。龍治がどうやって龍樹を引き取れたのかとか、ロバートはどう絡むのか絡まないのかと気になります。冒頭、漂白された世界だけで生きてきた龍樹にロックを聴かせるシーンが印象的です。

工藤はじめ「失われた間接キスを求めて」

新型コロナの感染が止まらず、キスもセックスも、間接キスも禁止された世界で、それを求める俺。唐突なエンディングは敢えて盛り上がりを避けたかな。早漏のセックスなら濃厚接触にならないはずとか、父親が出張中だから50%の確率でゴミの中の割り箸は彼女のもの、とか、頭が小さくてヘルメットがぶかぶかとか、妙な理屈や描写がバカ。

古戯都十全「ファンシーウィード」

面白かった。文体や固有名詞やマリファナもだけど、リズムや展開が良質の翻訳小説を読んでいるかのよう。ぐだぐだな富山での記憶の合間に立ち上るイギリスの風景がコロナの蔓延と同期していて、ラスト、新しい世界に向かって飛び出す所まできっちり描いて希望をもたせてくれます。最後に本全体をも締めましたね。

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